手裏剣事件第11話「結末」

11月5日 月曜日 夜

「ってなんでこんなところにいるのよ!」

 女子更衣室を見張っているように厳命したはずなのに、4人は喫茶店で暖かいコーヒーを飲みながらゲームに熱中しているではないか! 楽しそうに遊んでいる彼らを見て珠姫が怒るのも当然だった。

「まあまあ、たまちゃん。落ち着いて。たまちゃんのコーヒーもおごるからさ」

「もうっ」

 幼馴染である歩の笑顔を見ていたら、珠姫は怒れなくなってしまう。珠姫にとって、歩の笑顔は何よりも自分を癒してくれるものだった。

 そして、歩の注文したカプチーノを飲み、一息ついてから、事件の真相を将棋探究部のメンバーに語った。万が一、自分の推理が外れていた場合に、恥をかくことを恐れて、まだ話していなかったのである。

「まじかよ……。そんなトリックわかるわけねえだろが」

「そういうのは推理小説だけにしてくれよ……」

「よくわかりましたね、部長……」

 香助と桂と銀子は事件の真相に素直に驚いていた。謎を解いた者にだけ与えられるこの賞賛の眼差しは、今回の事件で珠姫が個人として得た唯一の報酬だろう。

 生徒会長としては、学園内で発生した事件を解決したことは当然嬉しいが、普段身近にいる将棋探究部の部員に認められることこそが、珠姫にとって何より嬉しかった。ただ、歩だけは賞賛というより、苦労をねぎらうような視線を珠姫に送っている。

「歩はあまり驚かないの?」

「ん、まあね。たまちゃんも桂のCDを見て気がついたんでしょ」

「なんだ、歩もわかってたんだ。喜んで損しちゃった」

「でも僕が気付いたのは、たまちゃんよりもちょっと遅かったけどね。本当に凄いよ、たまちゃん。幼馴染として僕も鼻が高いよ」

「あ、ありがとう……」

 外見的には冷静さを保っていたが、歩の一言に珠姫の内心はかなり興奮していた。

「むっ」

 珠姫のことを、歩をめぐる恋のライバルだと認識している銀子が、文字通り、むっと言ったが歩にメロメロになっている珠姫には聞こえていなかった。

「しかし、トリックは複雑だったが、案外簡単に解決したな」

 香助が楽勝だったぜと言わんばかりの雰囲気でコーヒーをすすりながら言った。

「香助は何もしていないのによく言えるね……」

「あれだけ『うおおおお』って言ってたのは誰よ」

 香助の発言に歩と銀子が飽きれながらつっこみ、桂と珠姫も同様の思いだった。

「それで、この後どうするんだ?」

 桂が珠姫に問い掛ける。

「何が? コーヒー飲んで、ついでに香助殴って、歩と手をつないで帰るけど……」

 なんで俺をついでに殴るんだよ……、さり気なく歩と手をつなごうとしている……、と香助と銀子の呟きを放っておいて、桂は続けた。

「そうじゃないって。大野さんの処分さ。先生に大野さんの犯行を暴露するのか、それとも警察に通報するのか。大野さんのやったことは窃盗という、れっきとした犯罪だぜ」

「確かにそうだね。生徒会長のたまちゃんが言えば、先生も信じるだろうし。いったいどうするの?」 

 歩も桂と同じように珠姫に質問する。香助も銀子も珠姫の返答をじっと待っている。

「私が決めていいの?」

 珠姫が普段の何事にも我道を行く様子とは異なり、周囲の顔色を窺うように控えめな声で訊く。

「そりゃお前が解決したんだからな。俺は別にいいぜ」

「異議なし」

 香助と銀子は即座に同意する。歩と桂も同じ意見であることは明らかだった。

「そうね……」

 珠姫はカプチーノを飲み、しばらく目を閉じ考えた。いったいどうするのが、彼女にとって、CDを盗まれた被害者の生徒にとっていいのだろうか。

 そして、彼女の出した答えは……

「大野さんが盗んだCDは私が責任をもって、持ち主に返却するわ。大野さんには、名前を伏せて被害者への謝罪文を書いてもらい、謝罪させる。大野さんともう一度対話して、深く反省を促し、今後二度とこんなことをしないように誓わせる。先生や警察への告発はなし。あくまでも内々に事件を静めて、事件を終息させる」

 珠姫は四人の瞳を見つめながら言った。

「これでどう?」

 自分の提示した大野への処分はこれで妥当か。甘過ぎるだろうか。真実を知っているのに他の生徒に打ち明けないこと、先生や警察に知らせないことは、彼らに対するある種の裏切りになるのではないか。犯罪行為の隠蔽と非難されるかもしれない。

 だが、犯罪行為に及んだとはいえ、まだ大野の罪を明らかにすれば、警察が動く可能性もある。たとえ警察が動かなかったとしても、周囲に彼女の罪状が明らかになれば、様々な悪意が彼女に向けられ、心に深く傷を負うだろう。CDを盗まれた山田達も自分達は被害者といえ、自分達のCDが盗まれたことによって、友人が奈落の底に落ちることを心からは望んではいないはずだ。

 さらに、自らが生徒会長を務める高校から犯罪者を出したくないというのも珠姫の本音である。そんな不名誉なこと、生徒会長として容認できるはずがない。

 犯人の名前は伏せて、内々で収めること、これがベストな解決策に珠姫には思えた。

 とはいっても、あくまでも珠姫個人の考えであり、歩達4人はいったいどのように考えているのだろうか。珠姫の胸中は不安で満たされていた。

「あの……、ダメかしら?」

 珠姫の発言に4人は眼を閉じ、口をつぐみ、周囲が静まり返る。そして、次の瞬間、4人同時に口を開いた。

「「「「賛成!」」」」

 珠姫は余程驚いたのか、全員が心から笑いながら自分の提案に賛成してくれたことに、思わず涙を流しそうになった。

「も、もう。なんなのよ。驚かせないでちょうだい!」

 珠姫が照れながら、うわずった声で言うと、歩が笑いながら話した。

「いやあ、実は皆、こういう結末になるだろうと思ってたんだよね。たまちゃんなら、きっと罪を暴きはするけど、そこまで犯人を追い詰めはしないだろうって」

「私も部長を信じてました」

 銀子も笑いながら歩に続く。

「まっ、俺でもそうしたけどな。さすが我らが将棋探究部の部長だぜ」

「いやだっ、もう……」

 桂は褒め称えるように言い、珠姫は安心したせいか、今ではお腹を抱えて笑っている。

「お前を信じてたからこそ、俺達は女子更衣室を見張らなかったのさ」

「それは嘘でしょ……」

 こうして将棋探究部の奇妙な一日は終わった。

 この事件は後に珠姫により、「手裏剣事件」と名付けられる。

 「手裏剣」とは忍者が使う武器のことではなく、将棋の用語の一つである。敵の陣形を乱すために、打ち捨てる「歩兵」の駒のことを将棋の世界では「手裏剣」という。

 犯人である大野が不可能犯罪を演出するために、事前に用意したCDを砕いて捨てたことが、「歩兵」の打ち捨てに似ていることから、「手裏剣事件」と珠姫が命名したのである。

 しかし、この事件は4人の予想通りの終息を迎えなかった。さらに、この事件が後に「無敵囲い事件」と命名される事件を引き起こすことを、彼らはまだ知らなかった……。


ABOUTこの記事をかいた人

本サイトの管理人。普段は人材会社でWebマーケターとして勤務。本サイトは私が趣味で書いている小説を掲載したものです。