手裏剣事件第10話「ディスクの謎」

 次に大野は何を主張するか少し悩んだが、今回のトリックの核となった部分を訊くことにした。

「ディスクが焼却炉の前で粉々になって発見されましたことは知っていますか?」

「ええ、銀子に写真を見せてもらったわ」

「なら、わかるはずですよね。ディスクを粉々にするのって結構時間が掛かりますよ。それも4枚もだなんて。もう知っているかもしれませんから、言ってしまいますが、私は体育の時間に5分しか抜けていませんし、さすがに5分でディスクを粉々にするのは無理ですよ」

「そうね。あなたの言う通り、5分では無理ね」

 大野は勝ったと思ったが、珠姫の次の一言で形成が逆転する。

「――本当に体育の時間にディスクを粉々にしたならね」

「何を言っているんですか……? さっき、CDは体育の時間に盗まれたって言ったじゃないですか。昼休みに発見されたなら、CDは体育の時間に粉々にされたしか選択肢はありませんよ。言っときますけど、体育が終わってから昼休みにCDが発見されるまでの間、私は一歩も教室を出ていませんからね。お弁当食べながら磨り潰したとでも言うんですか?」

「違うわ。私が言っているのは体育の時間の後のことではないわ。体育の時間の前の話よ。つまり……」

 珠姫はこのトリックの、謎というヴェールに包まれた核心に光を当てる。

「粉々になって発見されたCDが――本当に盗まれたCDならね」

「な、何を言っているんですか! 発見されたCDの破片から、それぞれの名前の判別くらいは出来たでしょう。全員分あったって聞きましたけど」

「それもそのはずよ。あなたは間違いなく全員分を粉々にしたのだから。--でも盗んだCDじゃない。あなたが事前に用意したCDをね」

「うっ!」

 珠姫の言葉に大野は動揺する。

「先週のクラスの会議で、山田さんが来週の月曜日に小沢豊のサイン入りCDを持ってくることになり、それが高値で取引されていることを知っていたあなたは、何とかこのCDを盗めないかと考えたのね。そこで、土曜日か日曜日に都内のCDショップかインターネットで月曜日に持ってくる予定の四人のCDを全て買っておいたのよ。そして、それをゆっくり家で時間を掛けて磨り潰した。つまり、粉末状のディスクの問題は『月曜日に、学校で、体育の時間に五分で』じゃなくて、『週末に、自宅で、ゆっくりと』磨り潰したのよ」

「ぐっ……」

 大野は歯を食いしばり、悔しそうにしている。

「これでCDの問題は解決ね。ちなみに、香助の選曲にあなたが頑なに反対したのもこのトリックのためだった。香助のCDは100枚限定でCDショップやインターネットじゃ簡単には手に入らない。香助のCDだけ粉砕されていなければ、そのことに疑いを持ち、もしかしたらトリックを見抜かれるかもしれない、そう思ったのね。金曜日に山田さんが小沢豊のサイン入りCDを持ってくることになって、瞬時に今回の計画を思いついたのかわからないけれども、何となく香助が簡単には手に入らないCDを持ってくることに、あなたは危機感を覚えた。だから、香助を課題曲の推薦者から排除する必要があった」

「うううっ……」

 大野が苦悶の呟きを漏らす。

「あなたは完璧主義者で、些細な疑いさえも自分に降りかからないように細心の注意を払って、犯行に及んだ。それだけこの事件で用いられたトリックは隙がなく、危うく完全犯罪になるところだったわ」

 珠姫が大野を褒め立てるように言った。

 実際、珠姫は大野の犯行にわずかであるが感心していた。

 大野がここまで注意を払ってくれなければ、こんなに面白い推理劇の役者になることはできなかっただろう。今回の事件はまるで丁寧にこしらえられた人形細工みたいだ。

 CDが粉末になっていた理由とトリックを解明され、大野は第二の主張も取り下げるしかなかった。大野はそれでも諦めず、次の主張に移行した。

 すなわち、歩達が見ていた焼却炉へ至る通路の話に。

「仮に葉月さんの言うことが正しいとし、私が事前に4枚の粉々にしたCDを持ってきていたとしましょう。でも、葉月さんのクラブに所属する瀬川君と土橋君と桜井君は焼却炉に続く通路を、体育の時間中ずっと見ていたそうですよ。その時、誰も人が通らなかったって、彼らは証言していました。私が体育の時間に、彼らに見られず、どうやってCDを焼却炉まで運んだというのですか?」

「それは簡単よ。発見されたCDと盗まれたCDが別物なら何も体育の授業中に運ぶ必要はないわ。体育の授業が始まる前にやっておけばいいのよ」

「……」

 珠姫の指摘に、大野は何も反論することが出来なかった。

「朝か、もしくは1時間目と2時間目の間に急いでCDを焼却炉へ運んだのね。おそらく、朝ね。朝礼のチャイムが鳴る直前に撒いたんでしょう。1時間目と2時間目の間の休み時間、あなたは桂のCDを盗むので忙しかったんだから。誰かが桂の席から視線を外す隙を狙って、じっと待っていなければいけない。朝なら余裕を持って運べるし、朝礼直前なら、まず誰もゴミを捨てに行かないから、CDが発見される可能性は限りなく低いわ。発見されるとしても昼休みか放課後でしょう。どうかしら?」

「ぐぐぐぐっ」

 ここまで大野は、自分に犯行は無理だということを示す3つの主張を立て続けに行ったが、どれも珠姫に論破されてしまった。

 もはやここまでか……、と降参する考えが大野の脳裏に過ぎったが、珠姫の推理には穴があることに気付いた。

「証拠は? 盗まれたCDと粉々になったCDが別物だっていう証拠はあるんですか? よく考えたらあなたの推理は論理的だけど証拠が全くない。単なる想像の産物じゃないですか!」

 これはいける! と大野は思った。さすがにそんな証拠はあるわけがない。最悪の場合、トリックが露見したとしても、トリックが実行されたことを示す証拠は何もない、これこそが大野の考えた犯罪計画の最大の強みだった。

「ところが証拠があるのよ」

「へ?」

 しかし、そんな大野のわずかな希望すら、珠姫があっさりと踏み潰す。

「この写真を見てちょうだい」

 珠姫が大野に提示した写真は、銀子が昼休みに撮影した、粉々に粉砕されたディスクの写真だった。次に珠姫は、焼却炉へ投入されたケースの写真も大野に提示した。

「この2つの写真が証拠よ。よく見て」

「何が言いたいんですか?」

 珠姫の行動を大野は全く理解出来ない。

「この写真では、ディスクが何枚割られているように見える?」

「4枚に決まっているじゃないですか。わずかですけど、それぞれの破片が残っていますから、かろうじて識別できますよ」

「そうね、破片を残したのものわざとね。そうすることで、間違いなく全てのCDが割られているという印象を皆に植え付けたのね」

「これのどこが証拠なんですか?」

 珠姫は自分の鞄の中から何やら薄いものを取り出した。

「これを見てちょうだい」

 大野からはよく見えなかったが、珠姫が懐中電灯でそれを照らすと、大野にもそれの正体がはっきりとわかった。

「そ、それはっ! いったい何故ここに……」

「そう、わかったかしら。これは桂のCDよ。桂が今日のホームルームの時間に、皆の前で掛けるはずだったね」

 珠姫が手に持っている薄い物体は、まさしく、体育の時間に盗まれたはずの桂のCDである。

「その驚き方から察するに、CDを盗んでもケースの中身までは確認しなかったのね。緻密な犯罪計画を立てたあなたとしたことが迂闊だったわね。実はあなたが盗んだ桂のCDはケースの中にディスクが入っていなかった。2日前の土曜日に将棋探究部の部員で、部室に集まって桂のCDを聴いてね。私達もさっき気付いたんだけど、その時にCDプレーヤーの中からディスクを取り出し忘れていたのよ。桂もさっきまで全然気付いていなかったわ」

「そ、そんな……」

「それなのに、この写真の中にははっきりと桂のCDの破片が写っている。この紫色の独特の破片とケースは見間違えようがないわ。これこそが、盗まれたCDがと割られたCDが違う、動かぬ証拠よ!」

「うううっ……」

 もはや、大野が言えることは何一つなかった。

「さて、他に何か反論はあるかしら? もうないなら大人しくその鞄の中を見せてちょうだい。私の推理が正しければ、あなたは盗んだCDをどこかに隠さなければならなかった。しかし、どこに隠せばいいのか。自分の鞄の中? ロッカー? いやいや、そんなところに隠せば、万が一調べられときに発見されてしまう可能性がある。もっと安全なところに隠さなければ。自分以外手の届かないところで、尚且つ、後で確実に回収できる場所に……。そこで、女子更衣室の鍵付きロッカーを思いついたのよ。バスケットボール部のあなたなら、女子更衣室を利用しても何ら不自然ではない。鍵付きロッカーに入れておけば誰にも見られる心配はないわ」

 次に、珠姫は大野が今日の体育の授業中にとった行動を述べる。

「体育の時間にあなたはトイレに行く振りをして体育館を抜けだした。そして、教室にこっそり忍びこみ、女子3人のCDを盗み、事前に盗んでいた桂のCDと一緒に教室の外に持ち出した。次にあなたは体育館の2階にある女子更衣室、つまりこの場所に来て、自分がいつも使っている鍵付きロッカーにCDを隠し、再び体育館に戻った。どう? 間違いがあったら遠慮なく指摘してちょうだい」

 珠姫の推理は何一つ外れておらず、大野はもう珠姫に立ち向かう気力を失っていた。

「さっき、あなたが鞄の中に入れたものが、あなたが犯人であることを示す確固たる証拠よ。そう――盗まれた四人のCDがね」

「そんな……」

 珠姫に強烈に睨まれ、大野は思わず目を逸したが、珠姫に詰め寄られ、強引に顔を掴まれた。

「目を逸らすな! 今ならまだあんたが犯人であることを黙っておいてやる! だがこれ以上逃げるなら、生徒会長として、あんたのやったことを告発する!」

 珠姫の強烈な眼光に睨まれ全身の力と抵抗の意思が消え失せ、論理的にも打ち破られた大野はもはや完全に心が折れていた。

「す、すみません!」

 とうとう泣いて謝罪しながら、鞄から盗んだCDを珠姫に差し出した。

「全く最初から素直に白状すればよかったのよ」

 珠姫は強気に言ったが内心かなりホッとしていた。珠姫は大野の主張を論破することはできたが、大野が犯人であることを示す物証は未だに入手していなかったからである。

 言ってしまえば、論破されても、強引に珠姫から逃げ切ってしまい、CDさえ処分すれば大野の犯行を立証することは不可能になってしまう。

「犯行動機は山田さんの持って来た小沢豊のサイン入りCDを盗むことでいいかしら。これを売ってお金にしようと思ったのね」

「はい……、すみません。私、お金がどうしても欲しくて……」

「馬鹿ね……、犯罪をしてまでお金を稼いだって虚しいだけよ」

「ほんとにごめんなさい……」

 珠姫は、泣きながら反省する大野の肩を抱きかかえながら、女子更衣室を後にした。

 実は珠姫も後で知ったことだが、この時点でもなお、大野は女子更衣室から逃げ切れたのである。

 女子更衣室を見張るように言われていた歩、香助、桂、銀子は携帯ゲーム機の電池が切れたという理由でコンセントが使える喫茶店にさっさと移動していた。

 彼らは犯人が逃げ出したらどうするつもりだったのだろうか。彼らの頭の中では事件のことはすっかり忘れ、ゲームに夢中になっていたことを、この時珠姫はまだ知らなかった……。

第11話「結末」に続く


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本サイトの管理人。普段は人材会社でWebマーケターとして勤務。本サイトは私が趣味で書いている小説を掲載したものです。