手裏剣事件第9話「ラブレターの謎」

「な、何を言っているんですか。私はただ忘れ物を取りに来ただけですよ。確か生徒会長の葉月さんでしたっけ。いきなり言い掛かりはやめてください」

 動揺を悟られまいと笑いながら言ったが、大野の内心は焦燥感で満たされていた。

 (鞄の中を見られることだけは避けなければならない。生徒会長といっても、さすがに何の根拠もなく、鞄の中身を見ようとはしないはず。私の計画は完璧だったはずよ。誰にも見破られるわけないわ)

「私のことを知ってくれていたのね、ありがとう。そう、私は清海高校の歴代最高の生徒会長にして、頭脳明晰、容姿端麗を誇る将棋探究部の部長よ」

「よく自分でそこまで言えますね……」

「事実だからね。私達の部活のことは知っている?」

「はい、うちのクラスの瀬川君、土橋君、桜井君、中村さんが所属しているんでしたっけ。変わった部活だって評判ですよ。将棋探究部という名前なのに一切将棋をしないって……」

「そこを突かれると痛いわね……。――まあ、今はその話は置いときましょう。それよりこの学校で起きたCDの窃盗事件の話よ」

 珠姫は放課後、歩達から、将棋探究部の部室で事件の詳細を聞いたことを大野に告げた。

「話を聞いて、実際ここに来て、私はあなたが犯人だと確信したわ。あなたが1年A組からCDを盗んで焼却炉で燃やしたのね」

「何を言っているんですか! 私達はホームルームでそのことを既に話し合っているんですよ! 私には犯行は無理です!」

 大野は動揺して少し叫んでしまったが、すぐに冷静さを取り戻し、挑発的な笑みを浮かべて珠姫に言った。

「そこまで言うなら提示してくださいよ。私が犯人だという根拠を。もちろん、出来るもんでしたらね。」

「できるわ」

「へっ?」

 珠姫の迷いがない返答に、大野が呆気にとられる。

「せっかくだから交代しながら話していきましょうか。あなたは自分が犯人ではないということを主張し、私がそれに反論するわ。総じて、私の反論が不充分だったらあなたは無罪、充分だったら有罪、つまりあなたが犯人ということにしましょう」

 珠姫が大野の意見を聞かず、勝手に話を進めていく。

「どうしてそんなことをしなければならないんですか! 確か推定無罪の原則でしたっけ? 裁判では普通検察官が被告人の罪を立証して、弁護士とか被告人側の人間が反論しますよね。あなたは私を犯人だと言って、罪を立証しようとしている。それなら、あなたがまずご自分で私を犯人だという主張を説明してくださいよ!」

 一気に自分の胸のうちを吐き出して、大野は胸を撫で下ろす。

「ふざけるな!」

 しかし、大野が安堵した瞬間、珠姫の怒号が飛び、その叫び声と迫力に大野は圧倒される。

「あなたがここに来て、私がここに来た以上、あなたが犯人以外はあり得ない! そのことは自分が一番理解しているはずでしょう!」

「ひっ!」

 珠姫の烈火の如くの恫喝に大野は怯えている。

「何ならその鞄の中身、今ここで無理やり見てあげましょうか? ――こう見えて私はかなり強いわよ」

「うっ……」

 そう言われると、大野は珠姫の意見に従わざるを得ない。この鞄の中には珠姫には絶対に見せたくないものが入っているのだ。

「外には歩達を待機させているから逃げようとしても無駄よ。ここから出てくる人影を問答無用で捕まえるように指示しているわ。あなたには、私の挑戦を受け、それに打ち勝つしか逃げ道はないのよ」

 もはや退路も塞がれていては、大野は珠姫の挑戦を受けるしか他に選択肢がなかった。

 実は珠姫が推定無罪ならぬ推定有罪の原則で大野を追い詰める形式を採用したのは理由があった。珠姫が一方的に自説を述べて大野を追い詰めることも当然にできる。しかし、物証となるものを珠姫は持ち合わせていなかった。

 誰もいない時間帯に、この女子更衣室に来た以上、犯人は大野であると珠姫は確信している。だが、もしここで強引に逃げられ、歩達が万が一取り逃がすことがあれば彼女が犯人であることを示す証拠がなくなってしまう。

 物証は間違いなく彼女の鞄の中にある。それを持ち出されるわけにはいかない。

 ここで彼女の心を完全に折る必要があるのだ。

 ちゃんと歩達待機してるかしら……、と珠姫の脳裏に一瞬不安がよぎった。

 ちなみに珠姫の不安通り、この時、歩、香助、桂、銀子の4人は2人がいる女子更衣室の近くで、携帯ゲーム機で麻雀に熱中しており、更衣室の方に全く注意を向けていなかった……。四人で白熱した通信対戦を繰り広げている。大野が逃げ出したとき最も頼りになるであろう香助に至っては、ヘッドフォンを付けて、ゲームに全身全霊を込めて集中していた。珠姫さえ振り切れば、簡単に大野は逃げ切れただろう。

 だが、そんな珠姫の思惑や外の状況を知らない大野は、泣く泣く珠姫の挑戦を引き受けた。

 大野はどれから主張しようか迷ったが、ホームルームでも問題となった桂のCDから主張することにした。

「私達がホームルームの時間にした推理は瀬川君から聞いていますよね?」

「ええ」

「あなたが言うとおり、私が事件の犯人なら、どうやって私は桜井君のCDを盗んだんですか? 桜井君のCDは体育の時間、B組にあったはずですよね。B組はA組と違ってしっかりと施錠されていて、体育の時間は入れなかったはずです。この謎をどう解きますか?」

 大野の言う通りである。桂のCDも盗まれたことが、事件を不可能犯罪にしている原因の一つである。しかし、その疑問に珠姫が明快な回答を打ち出す。

「それは簡単な話よ。――盗まれたCDの中で、うちの桂のCDだけは別の時間帯、つまり、もっと早く盗まれたのよ」

「……。説明してもらえますか?」

 珠姫の回答に、苦々しい顔をしながら大野は説明を求めた。

「あなたは、いつも桂が体育の時間に通学鞄ごと移動することを知っていたのね。今回の事件で犯人がクラスの人間であることが露見することまでは想定の範囲内だった。もし、桂のCDを盗まなければ、犯人が女子に限定されてしまうおそれがある。そこで、桂のCDを盗むことができたら、事件の推理を大いに撹乱できるとあなたは思ったはずよ。予想通りの展開になって、さぞかし気持ちよかったでしょうね」

「何を言っているのかはわかりませんけど、私はどうやって桜井君のCDを盗んだって言うんですか?」

 大野の問いに珠姫が答える。

「あなた、桂に偽のラブレターを送ったわね」

「うっ!」

「あなたは朝早く学校に来て、桂の靴箱にラブレターを入れた。『1時間目と2時間目の間の休み時間に屋上で待っています』という内容の文面だったんだっけ。呼び出す時間は不自然だったけど、大の女好きの桂なら何の疑いもなく行くでしょうね。実際に桂は行ったみたいだし。そして、桂が席を離れた隙に、桂の鞄からCDを盗んだのね。桂の席は窓際の一番奥だから窓を開け閉めする振りして、意外と簡単に盗めたでしょう。これがあなたの第一の問いに対する答えよ」

「ぐっ……」

「残ったCDを体育の時間に盗んだ。これでCDは全部盗まれたことになるわ。さすがに、10分という短い休み時間に、好きな相手を呼び出して告白するのは不自然過ぎるわ」

 一つ目の大野の主張を珠姫が華麗に論破する。

「それでは、お次をどうぞ」

 珠姫が大野に次の主張を言うように促す。最初の主張に対する、珠姫の発言は明らかに的を射ていた。大野としては、別の主張に移行せざるを得なかった。

第10話「ディスクの謎」に続く


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本サイトの管理人。普段は人材会社でWebマーケターとして勤務。本サイトは私が趣味で書いている小説を掲載したものです。