手裏剣事件第6話「1年A組の推理」

「――先生、ちょっと私から話したいことがあるので、いいですか?」

 CDがなくなり、本来行うはずだったこともなくなったため、取り敢えず生徒に自習を指示していた荒木に山田が声を掛けた。

「ん、まあやることもないし、いいだろ」

 あまりにも自信に溢れている山田の顔を見て、担任の荒木も成り行きを見守ることにしたようだ。

 荒木は中央の教卓から窓際に移動し、置いてあった椅子に座った。

「皆、ちょっと聞いてちょうだい」

 荒木の代わりに教卓の上に立った山田が言った。

「ちょっと山田さん! パンツ見えてるって!」

「えっ、うそっ!」

「本当に教卓の上に立つなよ……」

 今度こそ、教卓の上ではなく後ろに立った山田は、気を取り直して言った。

「皆、今日のホームルームの時間に掛けるはずだったCDが盗まれたことは、既に知っているわよね。実は盗まれたCDが発見されたお昼休みの残り時間、及びさっきまでの休み時間を利用して、警備員の方々や先生方に、体育の時間に怪しい人間を見なかったか、不審な出来事はなかったか聞き込みをしてきたの」

「へえ、やるじゃないか」

 桂が感心したように合いの手を入れる。実際、CDが発見されてからの山田の行動力は目を見張るものである。

 大切にしていたCDが壊されたという衝撃的な事実に一旦落ち込みはしたものの、すぐに立ち直り、休み時間に友人と協力して、短い時間ながらも可能な限り、教師、警備員、生徒に聞き込みを行った。おそらく、CDが盗まれた悲しみよりも、犯人への怒りが勝っての行動だろう。

「こいつは名探偵の登場だな。――よし、俺が助手役をやってやろう」

 桂は助手役を買って出る。助手というか、山田が円滑に話しやすいように適宜クラスメイトを代表して質問を行うつもりなのだろう、一番後ろの自分の席から山田の横に移動する。

「それで、何かわかったのか?」

「その前に、このクラスで起きた事件をまとめましょうか。体育の時間に何者かが教室に入り、今日のホームルームで掛けるはずだった4枚のCDを盗んだ。さらに、犯人は盗んだCDを焼却炉の前まで運び、ディスクは粉々にしてばら撒き、ケースは焼却炉の中に投入して燃やした。ここまでは皆、大丈夫よね?」

「そうだな、特に問題はないだろう」

 桂を始め、クラスメイト全員が同意する。

「そして、体育の時間の前には、CDがそれぞれの鞄の中にあったこと、昼休みが始まってすぐに焼却炉の前でCDが発見されたこと、以上から犯行時刻は体育の授業が行われていた3時間目、つまり、午前11時から12時の間、犯人が教室をCDから盗んで焼却炉に捨てる一連の作業はこの時間帯に行われた。これもいいわね?」

「そこまでは大丈夫そうだな。それで、聞き込みに行った結果、わかったことを話してくれるか?」

 桂が山田に話の続きを促す。

「ええ。まず一つ、体育の授業が終わる12時まで、警備員の人達は不審な人間は校内に入らなかったと言っていたわ」

「それはそうだろ。そんなやついたら大事件だからな」

「一応確認しといたのよ。この学校は私立で、そこそこ名門だから警備がしっかりしているわ。この学校には正門の他に裏門もあるけど、両方の警備員は生徒、先生以外今日は誰も学校に入っていないと証言してくれたわ」

 山田の言う通り、清海高校には正門と裏門、学校の敷地に入るための入り口が二つあり、常に両方の門を警備員が見張っている。

「この学校には正門と裏門を通る以外に敷地内に入る手段はない。つまり犯行は内部の人間の仕業ってことか」

「そういうこと」

 桂の発言に山田が満足気にうなずく。

 助手役である桂が、探偵役である山田の発言の意味を随時確認しながら話を進める。その他のクラスメイトは山田の発言を阻害しないよう、黙って聞いていた。

「さらに、窃盗被害があったのは、うちのクラスの4人だけらしいわ。ここで重要なことは、CD以外は何も盗まれていないということよ。そうよね、皆。何かCDの他になくなったものはある?」

 クラスの皆は昼休みと同様、再度鞄の中身を確認したが、誰も盗まれたと証言する人はいなかった。

「つまり、犯人は最初からCDを狙って、このA組の教室に入り、今日CDを持ってきた4人全員から一人も残さず綺麗にCDを盗んだってことよ」

「ふむ。考えれば考えるほど不可解な事件だな。さらに犯人はその後、ディスクを粉々にして焼却炉の前に撒き、ケースを焼却炉の中で燃やしている。犯人はいったい何がしたかったんだろうか」

 桂は山田が気持ちよく話せるように、適宜丁寧に現状をまとめ、疑問を提示しながら、山田の推理を促す。

「それにしても、犯人はどうやって教室の中に入ったんだろうか。体育の時間、教室には鍵が掛かっていたはずだろ」

 清海高校では、体育の授業は二つのクラスが合同で行われている。窃盗被害にあった歩達のクラスはA組で、隣のB組と毎回合同体育をしている。

 体育の着替えは両方の教室を用いて行われる。A組では2クラスの女子が、B組では2クラスの男子が着替える。

 そして、着替えが終わったら、それぞれのクラスの委員長が教室に鍵を掛けて、その鍵を職員室に預け、体育の授業が終わったら、誰かが職員室で鍵を受け取って教室を開けることになっている。委員長は男女一人ずつ二名おり、A組の教室はA組の女子の委員長が、B組の教室はB組男子の委員長が鍵閉めを担当している。

「桜井君の疑問も当然だわ。だけど、私にはその答えはもうわかっているの。――丸山さん!」

 山田は丸山沙織の方を向き、呼びかけた。丸山はA組の女子の委員長であり、毎回教室の鍵閉めを担当している。

「丸山さん、さっき私に聞かせてくれたことを、皆にも話してくれる?」

「えっ、でも……」

 山田が丸山に証言を求めたが、丸山は何だか気が乗らない様子であった。

「大丈夫。今回の事件はあなたが悪いわけじゃないわ。だから安心して」

 山田に促されて、丸山もようやく証言する気になったようだ。

「丸山さん、A組の教室の鍵は、いつも委員長のあなたが閉めているわよね。今日はどうだったの?」

「う、うん。実は……今日の体育の時間に教室の鍵は掛かっていなかったの」

「――どういうことだ?」

 鍵が掛かっていなかったことに驚いた桂がそう訊くと、丸山は申し訳なさそうに証言を続けた。

「私、いつものように皆が着替え終わるのを待って、教室に鍵を掛けようとしたの。でも、いざ掛けようとして、ドアの横を見たら鍵が吊るされていなかったのよ」

「鍵がなかっただって! じゃあ鍵を掛けずに外へ出たということか」

 清海高校の教室では、内側の入り口のドアの左側の壁に、鍵を吊るすためのフックが設置されており、普段はそこに鍵を吊るしておくことになっている。

「そうなの。私、不思議に思って職員室に行って、A組の鍵がないか確認したわ。そしたら、B組の鍵はあったんだけど、横にあるはずのA組の鍵はなかった。――それで、もう体育の授業が始まっちゃうから、今日ぐらい大丈夫かなと思って、そのまま授業に出ちゃったの……。ほんとにごめんなさい!」

「気にすんなって。こんなことが起きたのは丸山さんのせいじゃないさ。鍵がなかったんなら、どうしようもなかったさ」

 桂が明るく言うとクラスの皆も頷く。誰も丸山を責めていないのは一目瞭然だった。

「ありがとう、皆。私からは以上です」

 丸山は皆に頭を下げ、礼を言いながら着席した。

「ありがとう、丸山さん。つまり、CDが盗まれた体育の時間、A組の教室には鍵が掛かっていなかったということよ。さらにここで重要なことがあるわ。いったい、いつ教室の鍵がなくなったのかしら。体育の授業が終わって、私が着替えにA組の教室に戻ってきた時には、鍵は元の場所に戻されていたわ」

「すると犯人は、体育の時間が始まる前に、あらかじめ鍵を盗んでおき、体育の時間に教室に侵入し、わざわざ鍵をドア横のフックに掛けて、その場を後にしたということか」

「そういうことね。ここで重要なのは、犯人は丸山さんが鍵を閉める前に、この教室から鍵を盗んだってことよ。それができるのは誰だと思う、桜井君?」

 質問の意図を理解し、ちょっと嫌な顔をしながら桂が答える。

「やれやれ、意地の悪い質問をするな……。確か朝の朝礼が終わって、教室に戻ってきた時は鍵があったな。ドア横のフックに吊るされていたのを覚えている」

 話を聞いているクラスメイトが一様に頷く。清海高校では、毎週月曜日に、午前8時20分から40分まで、朝礼がグラウンドで行われており、全生徒は必ず朝礼に参加しなければならない。

「つまり、朝礼が終わった後、午前8時40分に1時間目(8:40-9:40)が始まってから、3時間目の体育の授業までの間に鍵が盗まれたってことだ。誰か体育が始まるまでに、フックに鍵が吊るされていないことに気付いた人はいるか?」

 桂がクラスの全員の方を見て問い掛けると、2時間目の授業が始まった時には、既に鍵はなかったということで意見が一致した。鍵がないことに気付いていた人は何人かいたが、特に疑問は持たなかったらしい。

「なるほど。2時間目(9:50-10:50)の時点で、既に鍵は盗られていたということか。1時間目の授業中に鍵を盗ることはさすがに不可能だろう。鍵をフックから外せば、誰かが気付くに決まってる。要するに、1時間目と2時間目の間の休み時間に、誰かが鍵を持っていったということか。授業の合間の休み時間は十分しかないし、他のクラスの連中も入ってくる時間はなかったはずだ。一応聞いておくが、1時間目と2時間目の間の休み時間に他のクラスの生徒は、うちの教室に入ってきたのか?」

 桂の問い掛けに対し、誰も入って来なかったと、A組の複数の生徒が証言する。

「だとすると……」

 桂は順序立てて、論理的に鍵を盗ることができた人間と時間帯を推理する。この時点で、桂を含めて、A組の誰もが鍵を盗んだ人間がどこに所属していることくらいは理解していた。しかし、答えはわかっているものの、簡単には口に出せないために、答えに辿り着くまでの道筋を、桂は、それが必然的に導きだされた結論であるように、懇切丁寧に説明した。

「1時間目と2時間目の間の休み時間に、他のクラスの生徒は誰も入って来なかった。つまり、この教室にあった鍵を、皆が目を離している隙を狙って取れる人間は非常に限られている」

 桂は眉をしかめながら、低く落ち着いた声で、結論を述べた。

「鍵を盗った犯人はこのクラスの誰かだろう」

 桂の一言を聞いてクラス中がざわついた。それもそのはずである。

 つまり、桂が言っているのは教室の鍵を盗んだ人物がこの中にいるだけに留まらず、CDを盗んで損壊した犯人がこのクラスの中にいる可能性が高いことを意味していると、誰もが理解していた。

 鍵を盗む人間とCDを盗む人間が別だという考えもあり得るが、その場合でもA組に窃盗の共犯者がいることになる。この事実にはA組の担任である荒木も表情を曇らせた。

「皆、落ち着いてちょうだい! 私には犯人の見当は付いているわ。女子の中で、体育の授業の前に着替えている時に、CDを盗んでいるような人は、当然誰も見なかったわよね。それに、体育の授業中に盗まれたとしたら、大部分の生徒は犯人から除外できるわ」

 授業中に盗まれたのだから、当然A組以外のクラスも何らかの科目の授業を受けている最中である。他のクラスの生徒が教室を抜けだして、窃盗に及んだとは考えにくい。

 しかし、講義形式の授業を受けていない生徒は、ある程度自由に行動できるため、犯人の候補になる。つまり、この場合、1年A組と1年B組である。

 さらに鍵を盗んだ犯人はA組にいることを考えれば、一連の事件の犯人がA組にいるという推測はは至極妥当だった。

「犯人は体育の時間に授業を抜け出して、鍵の開いたA組の教室に入り、CDを盗んで焼却炉で燃やしたのよ」

「そうなるな。しかし、それだと誰が犯人かはわからない。今日の体育は、男子はグラウンドでサッカー、女子は体育館でバスケだったからな。確か、体育の河森先生は十分毎に2つの場所を行き来していた。先生がずっと監視していなかったんで、授業を抜けていたやつが結構いた気がする」

「その通り。私が調べたところ、女子の方は5人抜けたわ」

「男子の方は誰だっけな。皆トイレとか言って、結構抜けてた気がするな」

 桂の発言に対して、山田は不敵な笑みを浮かべて答えた。

「実はね、体育の時間に、A組の教室に入る体操服の男子を見た人がいたのよ。1年E組の女子なんだけどね。授業中にトイレに行った時に、体操服姿の男子を見たらしいのよ」

「本当か? もしそうなら、有力なヒントになるな。誰だ、その体操服の男子は?」

 清海高校の警備員室からは高校の入り口を見張れるが、グラウンドから1年A組のある校舎に入る人間は見えない。さらに、女子のいる体育館から教室は校舎がつながっており、人目につかず移動できる。

 ゆえに、体育の時間に教室に入る人影を目撃したという、E組の女子の証言はかなり貴重だった。

「その男子は……」

 山田がいよいよとばかりに間を溜めて言った。

 歩も山田が誰を指摘するか、固唾を飲んで見守る。

「――橋本君。あなたよ」

 山田は橋本の方を向き、彼の名前を指摘した。橋本はクラス中の視線を一身に浴びる。

 橋本は大人しい性格で、影の薄い男子であり、こんなふうに大勢の視線を浴びるのは人生で初めてだった。

「ぼ、僕は……」

 突然自分の名前を指摘され、動揺した橋本は言葉を詰まらせていた。言いたいことがあるのだが、上手く言葉にできない、そんな様子である。

 そこへ糾弾するように、山田が橋本を問い詰める。

「あなたが犯人だということを示す証拠は他にもあるわ。他の男子に聞いたら、あなたは30分くらい体育の授業を抜けだしたらしいわね。不思議じゃない。もしトイレだとしても長すぎるわ。だけど、教室からCDを盗んで、焼却炉まで捨てに行ったとすれば30分という時間も納得がいくわ」

 どうやら、事前に山田はA組の男子に、橋本が体育の時間に何分抜けたかを聞き込んでいたらしい。

 女子の方は、確かに大野を始めとする数名の女子が体育の授業を抜けたが、皆5分程度で戻って来ており、30分も抜けた女子は誰もいなかったとのことである。E組の女子とA組の男子の証言により、橋本がCDを盗んだ犯人だという状況証拠は揃っていた。

「体育の時間中に教室に入った橋本君を見たという証言、そして他の男子の橋本君が授業中に30分抜けてどこかへ行ったという証言。これらを合わせると……」

 山田は橋本を指差し、勢い良く決め台詞を放った。

「橋本君! CDを盗んで焼却炉に捨てた犯人はあなたよ!」

 犯人と指摘された橋本は何か言いたそうにしているが何も言えず、いまにも泣き出しそうになっている。周囲のクラスメイトも疑惑の目で橋本を見ており、気の小さな彼が耐えられる状況ではなかった。

 動揺して何も言えずうつむいている橋本に、いつも脳天気な香助もさすがに同情した。

「何かすごい可哀想になってきたな。俺には気の小さい橋本がCDを盗んだとは思えないんだが……。窃盗なんて大胆なことがあいつにできるのかよ」

 クラス中が静まり返るなか、香助が小さい声で歩に話し掛ける。

「それに、山田の推理も飛躍している気がするな。うまく言えねえけどよ。どうにかならねえのか、歩?」

「なるよ」

 歩は即座に返事をした。

「やっぱならねえよな。くそっ! かくなる上は俺のマッスルダンスで皆の目を惹きつけている間に、橋本を窓から逃がすしかないのか……。橋本に3階の窓から飛び降りて、衝撃を殺し、ふんわり着地することは可能だろうか――って」

 香助は歩の予想外の返事に、思わず大きな声でつっこんだ。

「なるのかよ!」

 香助の大声でのツッコミを聞き、橋本に注目していたクラスの視線は一転し、歩と香助の2人に注がれた。

「多分ね。山田さんの推理には大きな穴がある。考えればすぐにわかることなんだけど、きっと大事なCDを盗まれて頭に血が上って、気がついていないんだろうね」

「とにかく早くその穴ってやつを言えって! 橋本が今にも泣きそうになって、鼻をひくひくさせてるじゃねえか」

「確かに鼻がひくひくしているね……。もうちょっと考えをまとめたかったんだけど、しょうがないか」

 歩がクラス中の注目を浴びることを覚悟して発言した。

「――皆、ちょっといいかな?」

 香助や桂と異なり、歩はわざわざ自分から目立つ行動をとるタイプの人間ではない。

 山田を始め、クラスの全員が普段は控えめな歩が、いきなり手を挙げて発言したので、曲がり角からいきなり車が飛び出してきたような顔で驚いている。

「何?」

 山田が怪訝な顔をして、歩にその意図を訊く。

「橋本君は犯人じゃないと思うよ」

「えっ!」

 歩の発言に、意表を突かれたせいか、山田は目を丸くして驚きの言葉を放った。

「どういうこと?」

「確かに橋本君は一度教室に戻ったのかもしれない。でも、それがCDを盗んだこととは直接結びつかないはずだよ。忘れ物があって戻ったのかもしれないし、誰にも見られないように教室で体育をさぼっていたのかもしれない」

「で、でも……」

 橋本を犯人と決め掛かっていたが、実は状況証拠だけであり、直接的な証拠が何もないことを指摘された山田は動揺している。

「それにもっと根本的な問題がある」

「何?」

「冷静にこの事件を考え直してほしいんだ。山田さんはさっきからA組にばっかり注目しているけど、本当に重要なことはそこじゃないんだ」

「だって、A組の生徒のCDが盗まれたのよ。他のクラスは関係ないわ」

「それがそうとは言い切れない。山田さんは女子のことしか考えていなかったかもしれないけど、CDを持ってきたのは女子だけじゃないはずだよ」

「別に忘れてないわよ。桜井君でしょ。それがどうしたの?」

「桂は今朝CD持って学校に来た?」

 歩が桂にCDをきちんと持ってきていたか確認する。

「ああ、確かに家を出る時に鞄にケースが入っていることを確認したぜ。もちろん、今は盗まれたんで、ないが……」

「それも体育の時間に橋本君が盗んだんでしょ」

「それは無理なんだ。桂はいつも体育の時間に移動するときに、通学鞄ごと隣の教室に移動するんだ。だよね、桂?」

 清海高校の男子には2つの学生鞄が支給されている。1つは通学用の大きい鞄、もう1つは体操服や上履きを入れる用の小さい鞄。前者は通学鞄と呼ばれていることに対して、後者はサブバッグと呼ばれている。学園側は体育の教室移動時にはサブバッグに体操服を詰めて、移動することを想定していたが、実情は異なっている。

「ん、まあな。制汗剤とかタオルとかいろいろ入っているからな。サブバッグに分けて持って行くより、通学鞄で全部まとめて移動したほう楽だろ」

 桂同様に、体育で着替えるために、通学鞄ごと隣の教室に移動する男子は多かった。

 歩は体操服をサブバッグに入れて移動するが、香助は女子が着替えている間、教室の外で待つのが退屈だという理由で、通学鞄に漫画を入れて、隣の教室に移動している。

 桂はサブバッグを学校に持って来ていないので、CDは必然的に通学鞄に入っていたことになる。

「つまり、体育の時間、桂のCDだけはA組じゃなくて、B組にあったんだよ」

「何ですって……」

「B組の鍵はさっきの丸山さんの証言だと職員室にあったんだよね。じゃあ体育の時間、B組の鍵は掛かっていたことになる。B組の委員長が教室の鍵を閉めて、職員室に鍵を戻した後の光景を丸山さんは見たんだろうね」

 歩の言う通り、B組の教室は体育の時間、鍵が掛かっていた。歩は一息ついて、それから一気に話を続ける。

「そして、職員室に橋本君はB組の鍵は取りに行ってないはずだよ。いくら何でも体操服で授業中に職員室に入ったら、先生が不審に思うはずだからね。つまり、橋本君は鍵が開いていたA組にあった女子のCDは盗めても、鍵が閉まっていたB組にあった桂のCDを盗むことはできなかったんだ」

「うっ……」

 山田は歩に自分の推理の穴を見抜かれ、顔を真っ赤にして動揺している。

「じゃあ、なんで橋本君は教室に行ったのよ!」

「おそらくだけど……」

 歩は橋本の方を向いて言った。

「こっそり4時間目の数学の宿題をしてたんじゃないかな」

「――どういうこと?」

「実はずっと気になってたんだ。4時間目の数学の時間、上岡先生が皆の宿題を集めたよね。あの時、提出できていなかったのは香助だけだったけど、実は橋本君もやってなかったんじゃないかな? 今朝宿題の話をした時に動揺していたからね。それで、体育の時間に、さぼって宿題をやるために教室に戻ったんだ。今日の体育の時間はサッカーで、先生が女子と交代で見回っている。それなら少しくらい抜けてもいいだろ。そう橋本君は思ったんじゃないかな。だよね、橋本君?」

 歩が優しく問いかけると、橋本は救いの手が舞い降りたと言わんばかりに頷いた。

「う、うん。瀬川君の言う通り、実は数学の宿題を全くやっていなかったんだ。とても昼休みにやって終わる量じゃなかったし。それで少しでも宿題をやっておこうと思って、体育の時間に教室に戻って30分くらいやってたんだ。30分で全部終わらせることはできなかったけど、おかげで昼休みに何とか宿題を終わらせることができたよ」

 橋本は体育の時間が始まる前に、A組の教室から鍵が紛失している可能性について、既に気がついていたらしい。そこで、もしかして教室の鍵が開いているのではないかという、一縷の望みに賭けて、体育の授業を抜けだして、教室に戻ったそうだ。実際に、橋本の期待通り、鍵が空いていたので、30分程度、中で数学の宿題をしていたそうだ。

「それで体育の時間に30分抜けたんだね。ありがとう」

「なんだよ。それならそうとさっさと言えよ」

 香助がそう不満を漏らすと、

「土橋君が一人だけやってないって、上岡先生に厳しく怒られたからさ。僕だけずるして体育の時間に宿題していたことがばれたら、土橋君に怒られると思って……」

「んなことで怒らねえよ。――ただ俺だけ説教された憂さ晴らしにお前が泣くまで全力で殴り続けるけどな!」

「ひっ……」

 橋本は真実を打ち明けることができ、安心したのもつかの間、香助の発言に顔を青ざめていている。

「大丈夫、香助には僕から言っておくよ。隠さず言ってくれてありがとう、橋本君」

 橋本は、歩にこう言われ、安堵の表情を浮かべながら座った。

「で、でも……、まだ橋本君が嘘をついている可能性があるわ! 彼が犯人でないという証拠は何一つない。ほらっ、桜井君のCDは体育の時間が終わってから盗んだのかもしれないわよ!」

 頑なに橋本が犯人だと主張する山田に歩は諭すように言った。

「それはないよ。だってCDは焼却炉で発見されたからね。橋本君が体育の時間が終わってからCDを盗んだとしても、教室の外へ一歩も出ずに、昼休みに黙々と数学の宿題をしていた橋本君が、どうやって焼却炉まで盗んだCDを持っていったのさ」

 歩に、橋本が桂のCDを焼却炉まで運ぶことができなかったことを指摘されたが、まだ山田は完全に納得できなかった。歩は、そんな山田の不満を解消するために、さらに話を続ける。

「それにね、実はもっと重要なことがあるんだ」

「何よそれは! 早く言ってちょうだい!」

 山田が急かすように、歩に続きを促す。

「CDが発見されたのは、確か昼休みが始まった直後の時間だったよね?」

「ええ。昼休みが始まってすぐに、焼却炉にゴミを捨てに行った生徒が発見したらしいわ。時間は午後12時5分頃ね」

「最初に山田さんが話したように、それだとCDを盗んだ犯人は体育の時間に焼却炉に行ってCDを処分したことになるよね」

「ええ、それのどこがおかしいの?」

「ここが非常に重要なんだ。確認するけど、清海高校の中で、焼却炉までの道は二つあるよね? 正門を入って左側のグラウンド脇を通る道と、裏門を入って警備員室右の通路を通る道。裏門の警備員さんは、体育の時間に焼却炉までの道を通った人は見ていないんだよね?」

「当然よ。そんな人がいたら、そいつが犯人に決まっているじゃない」

「じゃあ、犯人はどこから焼却炉へ行ったのかな?」

「グラウンド脇の通路からに決まっているじゃない。あそこなら警備員の人達の目に入らないし、ましてや授業中なのだから目撃者はいないでしょう」

「そうなんだ。CDを焼却炉に捨てに行くために、犯人はグラウンド脇の通路を通るしか道はない。でも驚かないで聞いてほしいんだけど、体育の時間にその通路をずっと見ていた人を僕は知っているんだ」

「誰だそいつは! そんな奴がいれば事件は一瞬で解決するじゃねえか!」

 香助が驚きのあまり、声を上げた。香助だけでなく、クラス中が歩の発言に驚いた。

 しかし、歩の次の発言にさらに誰もが驚愕することになる。

「僕だよ僕。それに香助と桂も」

「――えっ! 俺達か!」

 香助と桂にとっても、歩の発言は予想外だった。

「どういうこと?」

「実はね、3時間目にサッカーをしていたグラウンドから、焼却炉に行くための通路って、よく見えるんだ。焼却炉への道は2つしかない。このうち、裏門側の道は警備員室から見えることから、誰も通っていないことは間違いないと思う。だから、僕らが見ていたグラウンド脇の道を犯人は通ったはずだよね」

「じゃあ簡単じゃない! いったい誰を見たの!」

「それがね。落ち着いて聞いてほしんだけど……」

 歩がゆっくりした声で証言した。

「――誰も通らなかったんだよ」

「なんですって!」

 歩のこの証言には、クラス中の誰もが目を見開いて驚愕した。

 今までの推理では、犯人は体育の時間に焼却炉でCDを捨てたはずである。それなのに、歩はその時間、焼却炉に至る通路には誰も通ってないと言う。いったいどういうことだろうか。

「で、でも体育の時間はサッカーをしてたんでしょう。それなら見逃してもおかしくないわ」

「うーん。――実は僕と香助と桂は体育の時間にサッカーせずに、ずっと焼却炉までの通路を見ながら雑談していたんだ。ね、香助、桂?」

「そういやそうだな」

「すっかり忘れてたぜ」

 桂と香助は、ようやく思い出して同意する。

 香助と桂が焼却炉までの通路に誰か人が通るか賭けをしたことを話すと、クラスの皆も見ていた理由を納得した。

「その時に誰か通った?」

「いや、誰も通らなかったかな。桂、お前はどうだ?」

「同じだ。少なくとも俺が見ていた限りでは誰も通らなかったぜ」

「そして、僕もあの通路を通った人は誰も見ていない」

 三人は口を揃えて、体育の授業中、焼却炉までの通路に人が通っていないことを証言する。

「――ということは体育の時間にCDを焼却炉へ捨てに行くのは無理だってこと?」

「そういうことになるね」

「ちょっと待って! いったいこの事件で何が起きているの? 犯人はどうやって誰にも見られず焼却炉へ行ったのよ!」

 歩の意見を採用すると、CDが盗まれたこの事件は物理的に実行が不可能な犯罪ということになる。

「おそらく、犯人は何らかのトリックを使ったんだ。推理小説で出てくるような奇抜なトリックを。そのトリックを解き明かせば、必然的に犯人は導き出される」

 歩の発言により、もはや全員の脳裏から橋本の容疑は消え失せていた。誰もが歩の発言の続きに期待している。

「ど、どういうことなのよ! じゃあ犯人はいったい誰で、どういうトリックを使ったっていうの、瀬川君」

「それは……」

 クラス全員が歩の発言に注目し、一言も聞き漏らすまいと固唾を飲んで、聞き入っていた。ここまで正確に山田の推理の欠点を指摘したのである。誰もが心の中で歩が華麗に犯人を暴くものだと思っていたのだが……。

「ごめん、僕にもわからないや」

「ってなんだそりゃ!」

 クラス全員が口を揃えて、思わずつっこんだ。

 だから皆の前で発言したくなかったんだよね、と歩は呟く。

「もー! いったい誰が私のCD壊したのよーーーー」

 山田が虚しく叫んだと同時に、6時間目の授業の終了を告げるチャイムが鳴り、A組の犯人探しは終了した。

第7話「放課後の推理」に続く


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本サイトの管理人。普段は人材会社でWebマーケターとして勤務。本サイトは私が趣味で書いている小説を掲載したものです。