手裏剣事件第2話「土曜日の試聴大会」

11月3日 土曜日

 1年A組で推薦曲が選ばれた翌日の土曜日の昼頃、歩と香助は、所属する将棋探究部の部室に集まっていた。私立である清海高校は、土曜日は休みであるが、歩は香助に呼ばれて部室にやって来たのである。

 将棋探究部の部室は十畳程の広い部屋であり、部屋の中央には、細長い机を二つくっ付けて作った大きな机が置かれており、その机には椅子が何脚かセットされている。壁側の棚には将棋に関する本の他に、漫画やゲームの攻略本などが所狭しと並べられている。

 二人の他に部室には、将棋探究部の部長である葉月珠姫も来ていた。何となく暇だったので、部室に来たららしい。

 二人よりも早く来て、今は退屈そうに本を読んでいる。

 土曜日とはいえ、学校に来ているので三人とも制服を身に纏っている。

「それにしても、どうしたの香助。土曜のお昼に部室に呼び出すなんて」

「まあ歩、ちょっと待て」

 香助はそう言って鞄からCDを取り出した。

 そのCDには「マッスルパラダイス ~肉ざかりの君達へ~」と書かれている。

「香助、何これ?」

 歩がCDを指差して、香助に訊く。

「何言ってんだ、歩。約束のやつだぜ」

「えっ? 約束って何のこと?」

「おいおい、金曜の合唱コンクールの候補曲決めの後、『僕も聴きたいなあマスパラ。良かったら貸してほしいんだなあ』って言ってただ
ろ」

「そんなこと言ってないよ! 捏造しないでよ。あと口調が微妙に寅さん風なんだけど」

「良い曲だから試しに聴いてみろって。心に響くぜ、お前のちっぽけな心にな!」

「ちっぽけで悪かったね……」

 一応反論しつつも、歩は他にすることもなく、マスパラがどういうものか興味もあったので、香助の言う通り、聴いてみることにした。

「でも聴くってどうやって?」

 将棋探究部の部室には、当然ながらCDを掛けるオーディオコンポのような装置は置かれていない。歩がそう訊くと、香助は鞄の中から携帯用のコンパクトなCDプレーヤーを取り出し、どかんと中央の机の上に置いた。

「わざわざ持ってきたんだ……」

「おう! これもあるぜ!」

 香助はさらに鞄から左右一対の小型のスピーカーを取り出し、水戸黄門の印籠のように、歩に掲げて見せた。

「準備いいね」

「なになに、何か音楽掛けるの?」

 読書しながら二人の様子を眺めていた珠姫が、面白そうな雰囲気に惹かれ、会話に入ってきた。

「ああ、心して聴け、女よ。お前の人生でこれほどの音楽にはもう出会えないだろう。今日がお前の新たな誕生日だ」

「敬語を使え、この筋肉ダルマ!」

 珠姫のツッコミを無視して香助が音楽を掛けようとする。

 香助は将棋探究部唯一の上級生である珠姫に全く敬語を使わない。

 歩も香助と同様に、珠姫に敬語を使っていない。しかし、それは歩と珠姫は、歩が四歳の頃からの幼馴染であり、敬語を使わなくてもいいと、高校で久しぶりにあった時に珠姫に言われたからである。高校に入って初めて珠姫と知りあった香助とは事情が断然異なる。生徒会長であり、他人を圧倒する美貌と頭脳から生徒から恐れられている珠姫に恐れ多くもタメ口を使う香助は、怖いもの知らずというか――ただ鈍感なだけかもしれない。

 香助はCDプレーヤーにマスパラのディスクを挿入し、手際よくスピーカーを接続し、二人に曲を聴かせる準備をした。

「レッツスタート! いくぜえ!」

 香助が雄叫びを上げながらスイッチを入れると、スピーカーから音楽が流れ始めた。その曲は歩と珠姫の想像を超え、全国の筋肉愛好家が好みそうな音楽だった。

 最初は「良い子のみんな~~、マッスルパラダイス。はっじまるよ~」と、どの層をターゲットにしているのか不明な出だしだった。それだけでも二人とも嫌な予感がしたのだが、その後の歌詞も一般人からすれば無茶苦茶であり、筋肉への愛がたっぷり詰まった歌詞となっていた。

「――何これ……」

 5分ほど時間が経ち、曲を聴き終わった珠姫が絶句している。

「僕らはいったい何を聴いていたんだろうね」

「おいおい、何だよその不抜けた感想。お前らの胸には何も響かなかったのか?」

「「特に何も……」」

 二人が声を揃えて言うと、

「なんでだよ! 二番のラップの『筋肉は決してデパートでは買えない。己の手で育てるものだ』の部分とか激アツじゃねえか!」

 と、二人の冷めた様子とは対照的に、香助が熱い気持ちを持って叫んでいる。

「気持ち悪っ」

 そんな香助に、珠姫に至っては若干引いている。

「何か、時々筋肉に纏わる名言をラップで挟んでくるところとかちょっと寒気がしたよ。特に『子供が産まれたら筋肉を育てるがいい、筋肉は子供より早く成長して、子供を守ってくれるだろう。そして子供が成長すると良き友となる。青年となり多感な年頃に筋肉は良き妻に変貌する。やがて時が経ち、筋肉は年老いて、死ぬだろう。そして、筋肉は人間に教える、死の悲しみを』のゴルゴ十三の子犬のくだりをパクった名言には苛立ちすら覚えたよ。筋肉にこの人達は何を求めているのさ……」

「ちっ! センスのねえ奴らだな!」

 香助の曲が聴き終わったところで、歩がふと思いついた。

「そうだ! せっかくだから桂も呼んでCD掛けてもらおうよ。推薦曲のやつをさ」

「そいつはいいな。俺のマッスルパラダイスと、あいつのなんちゃって洋楽とで勝負してやる」

「さっき、歩が言ってた合唱コンクールの候補の曲ね。それにしても、香助の推薦曲と桂の推薦曲の勝負って、何か結果が見えているわね……」

「はっ、俺の鍛え抜かれた筋肉が負けるわけねえだろ!」

「いや戦うのは曲だからさ……。ついでに銀子も呼ぼうか」

 マッスルパラダイスのCDを聞いた後、歩が桂と銀子も呼ぼうと二人に電話を掛ける。

「桂、実は今部室で香助と……」

 歩は香助が部室にCDプレーヤーを持って来たことを伝え、桂が推薦した曲のCDを持って来るように頼む。

「オッケー、15分で行くぜ!音もなく行くぜ!」

「なんでアサシン風!?」

 桂はこう言って電話を切った。続いて、歩は銀子にも電話したが、銀子は、今日は用事があって来られないとのことである。

 そして15分後、桂が部室に入ってきた。

「よっ! 来たぜ! ちなみに俺は清海高校でファンクラブを持ってるぜ!」

「それは知ってるよ……」

「ちなみに歩が会員ナンバー1番だぜ! お前の年会費が未納だって、この前総会で話題になってたぞ」

「それは知らない! いつの間にかメンバーに……。しかも年会費が掛かるんだ……。一刻も早く退会したい……」

「退会方法はないけどな」

「何て悪質な……」

 桂を待っている十五分間、香助は歩と珠姫にずっとマッスルパラダイスの曲の良さを熱く語っていた。歩と珠姫の心には全く響かなかったが、二人とも筋肉がうずいている気がしていた。

 心には響かなかったけど、筋肉には響いたのだろうか。だとしたらちょっと怖いな、と歩は思いながら、桂に声を掛けた。

「早速だけど、桂の持ってきたCD掛けてもらえる?」

「おう、いいぜ」

 桂が鞄からCDを取り出す。

「うおっ! お前何だそのCDの色は!」

 香助が驚くのも無理はない。

 桂の持ってきたCDはケースもディスクも、紫色一色に染まっており、一般的なCDジャケットデザインからはかけ離れていた。

「はっ、こいつは傑作だ! CDを掛ける前から勝負が見えたぜ」

「大量の筋肉がプリントされていたCDを持ってきたあんたが言うな!」

「ぐっ……」

 珠姫が香助に容赦なくつっこむ。確かに、香助の持ってきたCDも柄が良いとはお世辞にも言えない。

「まっ、見た目はこんなんだが、聴けって。感動するぜ」

 そして、歩達は桂が持ってきたCDの曲を聴いた。

 桂が昨日言った通り、それは緩やかなリズムで流れる、優しく大人しいバラードだった。

 キーの上下も激しさを抑え、プロではなく、素人の集団が歌う合唱コンクールにはふさわしい曲と言えるだろう。

「いいね、これ」

 歩が素直な感想を呟いた。

「確かに素晴らしいわね。あなたが自信を持って勧めるだけのことはあるわ」

「ありがとう、二人とも」

 二人の賞賛に礼を言った桂は、次に香助の方を向き、

「どうだ? 香助?」

 と香助に感想を訊いた。

「ぐぬぬ、なかなかの曲と認めざるを得ないな」

「だろ」 

 桂はニヤリと嬉しそうに笑った。

 お互いをライバルとして認め合う香助に褒められると、桂は心から嬉しそうな笑顔をするし、香助も良い物は良いと、認める素直なところ
が美徳である。

「ちっ、だがマスパラがまだ負けたわけじゃない! この決着は将棋ジェンガでつけよう!」

「おう、望むところだ」

 ――そう言って、香助と桂は部室の棚から将棋の駒を取り出し、部室の中央の机にわざわざ平べったい将棋盤をセットし、その上に積み重ね始めた。

 将棋探究部の部室といっても将棋盤と駒はニセットしかない。これは歩と珠姫以外はめったに将棋を指さないので、部長の珠姫が高級なものを二つ買えば充分だろうと判断したからである。一つは今香助が使っている、卓上に置いて使用する平べったい将棋盤で、もう一つは床に直接おいて使用する脚付きタイプの将棋盤である。

 彼らが始めた将棋ジェンガとは、将棋盤の上で駒を積み重ね、全部積み重ねたところで、一枚一枚交代で駒を引きぬいていく、ジェンガの将棋版である。誰もが「もうお前らジェンガ買えよ」とつっこみたくなる遊びである。

「ってなんで音楽の決着を将棋ジェンガでつけるのよ! しかも将棋盤も駒も用意したなら将棋を指しなさいよ……」

 今年の4月に将棋探究部を創設してから、もう半年以上経つが、珠姫と歩以外がまともに将棋を指しているところを珠姫は見たことがなかった。

 将棋探究部という、少々怪しげな部活の名前ではあるが、一応将棋という名が付いている以上、日々将棋に打ち込んでもらいたいというのが珠姫の本音である。

 しかし、珠姫と歩以外の部員は一向に将棋をすることはなく、創設して以来、将棋ジェンガの他に、将棋オセロ、将棋囲碁、将棋バドミントン等本来の将棋とは無縁の遊びばかりをしている。将棋の駒が泣いているとはまさにこのことである。ちなみに将棋バドミントンとは将棋の駒を将棋盤で打ち合うという、将棋のプロ棋士が見たら激昂するような遊びである。

「まあまあ、たまちゃん。暇だし僕らもオセロでもして遊ぼうよ」

 歩がオセロのボードと駒を手に持ち、珠姫を宥めるように、笑いながらゲームに誘う。

「そこは将棋にしてよ、歩……」

「悪いね。今日はオセロの気分なんだ」

 口では言いつつも、何ら悪びれる様子もなく笑顔でそう言う歩に、もはや珠姫は反論する気もなかった。

「まぁいいわ。――じゃあ負けた方がジュース一本ね!」

「えぇー」

 こうしていつものようにだらだら遊び、将棋探究部の土曜日は終わった。

第3話「宿題とラブレター」に続く


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本サイトの管理人。普段は人材会社でWebマーケターとして勤務。本サイトは私が趣味で書いている小説を掲載したものです。