無敵囲い事件第7話「将棋の駒の謎」

「それで、犯人がわかったんですか?」

「うん。といっても、君の話から推測しただけだから正解かどうかはわからないけどね」

「いったい犯人は誰なんですか?」

「犯人を指摘する前に、今回の事件の不自然な点を順番に解き明かしていこうか」

「はい! お願いします!」

 鈴原は期待に満ちた眼差しで、歩の話しに耳を傾けている。

 歩としては、こういうふうに聞かれるのは、かなり照れくさかった。

「まず一つ目、犯人はどうやって被害者の川本君に毒を飲ませたかだね」

「胃の中には朝食べたもの以外は入っていなかったから不思議ですよね」

「それがそうでもないんだ。桂たちの議論では、香助が触れていたけど、朝食以外にも胃の中から発見されたものがあったことを思い出して」

「えっと、確か将棋の駒でしたよね。でもそれは犯人が被害者の口に将棋の駒を詰め込んだ時に入ったんじゃあ……」

「うん、その可能性もある。だけど別の可能性もあると思うんだ」

「どういうことですか?」

「胃の中で発見されたという事実を素直に受け取ればいいのさ、つまり――」

 歩は珠姫の方をさり気なくうかがいながら結論を述べた。おそらくこの部分が不可解な毒殺事件で用いられたトリックの肝だろう。

 三ヶ月前に起きたCD窃盗事件で、犯人のトリックを見破った珠姫なら、今回の事件についても何らかの答えに辿り着いているはずだ。

 その珠姫が自分の話を止めないことから、歩は自分の推理の正しさを確信した。

「被害者は将棋の駒を食べちゃったのさ」

「へっ?」

 鈴原があっけに取られた表情をしている。日常で将棋の駒を食べる人を見掛けたら、誰だって同じ顔をするだろう。

「ど、どういうことですか?」

「つまり、被害者は犯人に差し出された将棋の駒を食べたのさ。それを被害者が口に入れて、悶え苦しんだ時に胃の中に入ったんだろうね」

「で、でも犯人が被害者の死後に、将棋の駒を口に詰め込んだ時に、その中の一つが胃に入ったとも考えられるんじゃあ……」

「ここで桂達が議論していた謎の二つ目が重要になってくるんだ。一つ目の謎はここらで一旦置いといて、今度は二つ目の謎、つまり、被害者の死後に犯人がとった不可解な行動について検討しようか」

「犯人はなぜ被害者の死後に、大量の将棋の駒を口に詰め込み、さらに青酸カリを流し込んだのか、ですね」

「これは一見すると、非合理的な行動で、何の意味もないように見える。しかし、ある見方をすれば、極めて自然な説明をすることができるんだ」

「犯人の行動には意味があったってことですか?」

「そういうこと。別に何かのメッセージを伝えたかったわけじゃない。犯人はそれをする必要があったんだ」

「もー、じらさないで早く教えて下さいよー」

 歩が結論に至る筋道を少しずつ丁寧に説明しようとしたが、鈴原にはその気遣いがもどかしかったようだ。

「ごめんごめん。でも、その前に一つだけ質問していい? 質問と言うか、確認なんだけど」

「何ですか?」

「被害者の口から発見された駒は胃の中にあったものを含めて全部で九枚、胃の中にあった駒は『歩兵』だね?」

「……」

 歩に推理の続きを急かしていた鈴原はその一言に思わず絶句した。

 鈴原は推理に関係ないと思って言わなかったが、歩の言う通り、確かに発見された駒は全部で9枚、胃の中にあった駒は「歩兵」だった。しかし、鈴原は歩に被害者の胃の中、及び口の中から将棋の駒が発見されたことしか伝えていない。

 それにも関わらず、どうして歩はその駒の種類、枚数を正確に当てることができたのか。歩がしたことは問題を見る前に答えを言い当てたのと同じくらい、鈴原にとっては衝撃的だった。

 鈴原はよほど驚いたのか、目を見開いて一瞬言葉を発することが出来なかった。

「す、すごいです! まさにその通りです! 駒の種類なんて大したことじゃないと思って言ってなかったのに、よくわかりましたね!」

「合っててよかったよ」

 自分の推理が当たり、歩は胸を撫で下ろした。もっとも、この場合、推理というより推測に近かったのだが……。

「それにしても、どうしてわかったんですか?」

「うん、それは今回の犯人が被害者の口に将棋の駒を詰め込んだ理由がポイントなんだ」

「私にはわかりませんね……」

「おそらく犯人は凶器を隠そうとしたんだ」

「凶器を? この事件は毒殺事件ですから、凶器って毒を仕込んだ何かのことですよね。将棋の駒を口に入れて何が隠れるんですか?」

「文字通り将棋の駒さ。木を隠すなら森の中と同じ発想さ」

「ちょっと待ってください! もしかして将棋の駒が凶器だって言いたいんですか?」

 鈴原は信じられないという顔をしているが、歩は凶器、つまり毒は将棋の駒に付着していたという自分の推理に、かなり自信があった。

「犯人が被害者に食べさせた駒は単なる将棋の駒じゃない。毒の塗った将棋の駒、名付けるとするなら、毒駒を食べさせたのさ」

 これが警察が手をこまねいていた、この毒殺トリックの真相である。

「そんな馬鹿なことがあるんですか? どうやって犯人は被害者に将棋の駒を食べさせたんですか。――いくらなんでも将棋の駒を差し出されて食べる人はいないでしょう。普通に考えたら、将棋の駒を口に入れるなんてあり得ないと思うんですけど」

「ところがそのあり得ないことが起きたんだ。事件がバレンタインデーに起こったためにね」

「あっ! ――もしかして犯人は……」

 事件がバレンタインデーに発生したことを歩に言われて鈴原も気付いたようだ。被害者が将棋の駒を口の中に入れた理由はバレンタインデーならではの事情が関係している。

「犯人は将棋の駒をチョコレートだと言って食べさせたのさ」

「そうだったんですか……。確かにそれなら将棋の駒を口に入れる可能性はありますね」

「犯人は将棋の駒に薄く青酸カリでコーティングしたものを、手作りのチョコレートだと言って被害者の川本君に渡したんだろうね。具体的なコーティング方法はわからない。ただ、料理の工夫の一つとして、味が付きにくい食材に充分に味を染み込ませるために、寒天でソースなどの液体を固めて、食材にコーティングする方法を聞いたことがある。これと同様に、犯人は何らかの方法で将棋の駒に青酸カリを付着させたんだ」

「チョコバナナがバナナにチョコレートをコーティングして作られるように、今回の犯人は将棋の駒に青酸カリをコーティングして、毒駒を作ったわけですね」

「これがクッキーと言っていたなら、被害者は犯人の嘘に気付いただろうね。でもチョコレートなら作り方次第では将棋の駒そっくりに仕上げることは可能だから、被害者も不自然に思わなかったんだ」

「確かに手作りだと言ってしまえば、どんな形をしてもおかしくはないですし。それにクッキーならでこぼこしているけど、チョコレートなら綺麗な平面を作れる。七つの平面で構成されている将棋の駒を作ることは、それほど難しくなかったでしょうね」

「将棋部の部長を務めるほど、将棋に打ち込んでいた被害者にとって、駒を模したチョコレートをあげることは何らおかしいことではない。それに、おそらく犯人は日頃から将棋部に所属する被害者のために、将棋の駒を模したお菓子をあげていたじゃないかな。クッキーとか飴とか。実は、たまちゃんもよく将棋の駒の形をしたクッキーを焼いて、部室に持って来てくれるんだ」

 今まで歩と鈴原の会話を傍観していた珠姫が、ようやく重たい口を開いた。

「将棋好きの歩が、そうしたら喜ぶからね。でしょ?」

「もちろんだよ。いつもありがとう」

「また作ってあげるから楽しみにしててね」

「えへへ……」

「何いちゃいちゃしてるんですか……」

 危うく二人の世界に入りそうなところを鈴原が引き戻す。

「つまり、この事件はずいぶん前から計画されていたということですね」

「そうとも限らない。日頃から将棋のお菓子を被害者にあげていたことがヒントになって、犯人は今回のトリックを思いついたのかもしれない」

 凶器、殺害方法については、これで間違いないはずだ。歩はそう付け加える。

「これで凶器はわかりました。それで、犯人は凶器を特定させないために、被害者の口内に将棋の駒を詰め込み、一見奇妙な状況を作り出して、捜査を撹乱したんですね」

「そういうこと。あわよくば警察が将棋の駒は単なる犯人からのメッセージだと誤解してくれることを望んでいたんだろうね」

「これで、犯人が被害者の死後に取った、不可解な行動の理由は全て解けて……」

 鈴原はようやく合点がいったというような顔を一瞬したが、すぐに表情を曇らせた。

「あれ? でも凶器となった駒を隠したいなら、口に入った将棋の駒を回収すればいいんじゃないですか? 新たに将棋の駒を投入するより、その方が楽だと思うのですが」

 その疑問は当然である。鈴原の言う通り、将棋の駒を被害者の口から取り出して持ち帰れば、凶器の手がかりは一切なくなっただろう。

「犯人も当初はその予定だったと思う。しかし、犯人にとって被害者が毒を飲んで死んだ時に想定外のことが起こったんだ」

「もしかして……、被害者の胃の中から将棋の駒が発見されたことと関係ありますか?」

「鋭いね、鈴原さん。その通り。被害者は毒駒を死んだ時に飲み込んでしまったのさ。おそらく、被害者が毒に悶え苦しんだ一瞬に、飲み込んでしまったんだろう。犯人は将棋の駒を回収しようとして、被害者の口の中を覗いて、さぞかし驚いただろうね。何せ回収するはずだった駒がないんだから」

「なるほど、それで慌てた犯人は凶器を隠すために、被害者の中に大量の将棋の駒を詰め込んだわけ」

「これが犯人は将棋の駒を被害者の口に詰め込んだ理由さ。――その後、被害者の口に毒を流し込んだのも犯行に使われた駒を隠すためさ。もし被害者の胃の中から発見された駒にだけ、青酸カリが付着していて、口の中の駒には一切青酸カリが付着していなければ、さすがに警察も不自然に思うだろうからね。犯人は、被害者の死後に毒の付着した駒がたまたま一つ胃に入ったという状況を作り出したかったのさ」

「そうだったんですか……。異常に思われていた発見時の死体の状況も、そう考えれば合理的に説明できますね」

「ここまでの話をまとめようか。

 犯人が2月14日に取った行動はこうだ。まずは事前に、被害者の川本君を昼休みに将棋部の部室に来るように呼び出す。バレンタインデーだからこっそりチョコレートを渡したいとでも言ったんだろう。

 そして、昼休みに将棋部の部室で被害者と合流し、将棋の駒を模した手作りのチョコレートと言って、青酸カリでコーティングした本物の将棋の駒を食べさせたんだ。

 おそらくは『歩兵』に毒を塗ったと思う。毒の塗った将棋の駒を被害者の口に入れることに成功したとしても、一枚なら致死量に足らない可能性がある。

 犯人としては、毒駒を2、3枚一気に食べさせて、確実に殺したかったはずだ。

 その点、『歩兵』の駒は、将棋の駒の中で一番サイズが小さく、口に何個も含ませるのに、最も適しているからね」

 これが胃の中から発見された駒が「歩兵」であると歩が見抜いた理由である。

「そして、『歩兵』の駒を数枚一気に食べた被害者は、口の中の温度で、コーティングされていた青酸カリが溶け出し、それによって息絶えたということですね」

「そう。しかし、ここで犯人にとっては計画外のことが起きた。

 被害者は毒駒を一枚、飲み込んでしまったんだ。本来なら凶器の毒駒は回収するはずだったのにね。

 そこで犯人は凶器の毒駒を隠すために行動を起こした。まずは将棋部の部室にあった将棋の駒を被害者の口内に詰め込む。

 将棋部にある駒が木製なのか、プラスチック製なのかはわからない。おそらく将棋部の部室だから両方あったんだと思う。

 犯人は自分が毒殺に使用した駒に似ている駒を探して、被害者の口の中に投入したんだ。

 もちろん、被害者が自分で食べた『歩兵』は胃の中にある一枚以外は取り除いてね。

 その上で、似ている将棋の駒を、『歩兵』を除いて、一種類に付き一枚ずつ投入したんだ」

「何で一種類に付き一枚なんですか? 箱に入っていた駒を一気に全部詰め込んだ方が、犯行に使用した駒が隠れると思うんですが……」

「将棋の駒って、同じように見えても、品物ごとに微妙にデザインが違うんだ。将棋の駒を作る人間や素材が違えば、それは駒の個性になって表れる。それは、単に素材の違いだけでなく、駒の大きさや字の書き方だったりもする。

 だから、犯人が、被害者に食べさせた『歩兵』の駒と似たような『歩兵』の駒を投入しても、その二つを比較すれば、誰だって二つの駒は別物だと容易に区別できるんだ。

 そのために、犯人は一つの駒の種類に付き、一枚ずつ投入したのさ。――もちろん、最初から駒箱に入っていた『歩兵』を除いてね。残りの駒は犯人が持ち帰ったんだろうね」

「それだったら駒が一種類に付き一枚ずつ投入されていた理由も説明がつきますね」

「ちなみに、将棋の駒の種類は『王将』『金将』『銀将』『桂馬』『香車』『飛車』『角行』『歩兵』の八種類が存在する。さらに、通常駒の入った駒箱には王将の役割を持つ駒として、『王将』と『玉将』と書かれた駒が一枚ずつ入っている。だから、被害者の体内から発見された将棋の駒は全部で9枚だと思ったのさ」

「それで、被害者の体内で発見された駒の数や種類を正確に言い当てることができたんですね。すごいです!」

 これが駒の数を言い当てた理由だったのか。鈴原は推理の過程を明かされてもなお、歩に対する驚嘆を隠せなかった。

「でも、このへんは少し運頼みだったから、当たっていて嬉しいよ」

「何で運頼みだったんですか?」

 鈴原が不思議そうな顔をして、歩の言葉を繰り返す。

「犯人としては『歩兵』の駒を入れなければ、それで良いわけだからね。例えば『金将』や『銀将』をもう何枚か入れてもよかったんだ。入れなかったということは、胃の中にある『歩兵』が一枚なのに、他の駒がいくつもあるのはバランスが悪いと思ったんだろうね」

「だから、運頼みと言ったんですね。それでも、瀬川さんの推理は普通の人にはできないと思いますよ」

「ありがとう。そして、犯人は被害者の口に将棋の駒を詰め込んだ後、犯行に使用した毒の付着した駒を特定させないために、口の中に青酸カリを流し込んだというわけさ。

 犯人は青酸カリの水溶液が入った容器を犯人は現場に持って来たんだろうねこれが偶然役に立ったんだ。――これで今回の事件の殺害方法だけでなく、被害者の死後に口の中に将棋の駒が詰め込まれていたこと、並びに青酸カリが流し込まれていたことの謎は解けたね」

「そうですね……。でも犯行方法はわかりましたが、犯人はいったい誰になるんでしょうか? 今の方法だと誰でも犯行が可能だったと思うんですけど」

「うん、でもこの犯人は致命的なミスを犯したんだ」

「もしかして……、現場で発見されたヘアピンですか?」

 まだ解き明かされていない謎が残されている。桂達のカウンティングでは三番目に当たる、容疑者の一人である今野が警察に提出したヘアピンの謎である。

第8話「ヘアピンの謎」に続く


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本サイトの管理人。普段は人材会社でWebマーケターとして勤務。本サイトは私が趣味で書いている小説を掲載したものです。