無敵囲い事件第5話「3人の来訪者」

 3人が「ペナント」に来た理由を銀子が説明する。

「3人で映画に行く予定だったんだけど、香助が映画の開始時間を勘違いして、早めに集まっちゃったのよ。それで、まだ30分くらい時間があるから、ここでお茶していこうと思って」

「わりいな、二人とも」

 どうやら午後2時30分から始まる映画を3人で観に行くために、午後2時に待ち合わせしたらしい。ところが、集合時刻を決めた香助が映画の始まる時間を勘違いしており、実際には映画は午後3時から始まるため、時間が余ったので「ペナント」で暇を潰そうと思ったらしい。

 香助は口では謝りつつもあまり悪びれた様子はなさそうだ。このくらいで不機嫌になる桂と銀子ではないことを知っているからだろう。

 時計を見ると時刻は午後2時を過ぎていた。鈴原と午後1時に駅で待ち合わせて、もう1時間以上も経ったことになる。

「まっ、そのおかげで歩と部長にも会えたんだから、いいじゃねえか。失礼するぜ!」

 香助はそう言うと、当たり前のように歩達のテーブルに椅子を持ってきて座った。続いて、桂と銀子も空いているテーブルをくっつけて、同じように席に着いた。

「わっ、わっ!」

 これに焦ったのは鈴原である。それもそのはずだ。内密に相談したいことがあってここへ来たのに、いきなり見知らぬ3人が登場すれば誰だって焦るだろう。

「ほらっ、誰か知らねえけど、もっと詰めろよ」

 香助は歩の正面に座っていた鈴原を隅へ追いやり、椅子に座った。銀子が歩の隣に座り、桂は香助の隣に座っている。

 これで席順は銀子、歩、珠姫。向かいに桂、香助、鈴原という順番になった。歩の正面に座っていた鈴原は、相性の悪い珠姫の前に座る羽目になり、「そんなあ……」と涙目になっている。

「それで、これは何の集まりなんだ?」

「この女の子の相談に、私と歩で乗ってあげているのよ。何でも知り合いから聞いた未解決事件を歩に解決して欲しいとか」

「そいつはおもしろそうだな、俺達も力を貸すぜ」

「ちょ、ちょっと! 何勝手に相談内容漏らしているんですか!」

 珠姫が一瞬で秘密だったはずの相談内容を暴露する。

「香助、先に注文をしないか?」

「それもそうだな」

 鈴原の文句も虚しく、桂の発言を受け香助はマスターに飲み物を注文する。

「マスター! アイスコーヒー三つ頼むぜ!」

「かしこまりました」

「会計は鈴原さんにつけといて」

「かしこまりました」

「って何言ってるんですか! かしこまらないでください!」

 香助の注文に、さりげなく珠姫が会計を鈴原につけるように差し込む。鈴原もこれには黙っていない。しかし、

「ダメ? ダメなら帰るけど。――もちろん歩と一緒にね」

「うう~、それを言われると……」

 歩にここで帰られたら相談の意味がなくなるので、鈴原は否が応でも会計を引受けざるを得ない。

「瀬川さん……、助けてください……」

 鈴原が唯一この中で味方をしてくれそうな歩に助けを求める。しかし、悲しいことに、歩は珠姫の行動を邪魔しないように指示されているので、鈴原を助けることはできない。

「まっ、追加と言ってもアイスコーヒー3つで1000円もしないし、別にいいじゃない」

 歩はあくまでも柔らかい口調だが、鈴原をさりげなく突き放す。

「そんなあ……」

「それに香助達はこう見えて結構頭が切れるんだ。今回の相談でも力になれると思うよ」

「わかりました……。瀬川さんがそう言うなら……。もうこれきりにしてくださいよ」

「ありがとう。それじゃ軽く自己紹介しましょうか」

 珠姫の一切感情が込められていない、形だけの感謝の言葉の後、鈴原と桂、香助、銀子の自己紹介が終わり、歩達は話を再開した。

「そう言えば、この前話したプロテイン茶碗蒸しの作り方だけどさ……」

「って何の話を再開してるんですか!」

 香助のいつものボケに慣れていない鈴原が反射的につっこむ。

 確かに何の話をしようとしてるんだ香助……。しかもプロテインで茶碗蒸しとか微妙に気になる、いったいどんな味がするんだろうか、と歩も心の中でつっこむ。

「わりい、わりい。殺人事件の話だったな。歩、これまでの話を簡単にまとめてくれ。五・七・五の形式でな」

「えっ! なんで俳句形式なの! ちょっと待ってね」

 どうしよう。これまでの話を三行でまとめることなんて到底できない。ボケてごまかそう。そう決意して、歩が次の言葉を発する。

「唐辛子

 吹き出しみれば

 鳳仙花」

「ほう。唐辛子を吹き出してみれば、まるで赤い鳳仙花のように綺麗な花のようだということだな。料理を引き立てる以外にもそれ自体に魅力がある唐辛子の良さを軽妙に表現しているわけだ。さらに『とうがらし』と『ほうせんか』で若干韻を踏んでいるところや『唐辛子』と『鳳仙花』という秋の季語を統一して題材に用いているところが見事だ。芸術点に技術点、ともに申し分なく、これはかなりポイントが高いぜ。しかし、唐辛子を吹き出すとかいったいどういう状況だよ! というつっこみを入れたくはなるがな」

「めちゃめちゃ分析された! しかも意外と好評価だ。ちょっと嬉しい……」

「ちっ、お前には負けたぜ……。さすが俺が認めた男だ」

 香助も白旗を上げている。どうやらこれで正解だったようだ。

「じゃあ次の題材は……」

「って、何勝手に俳句大会を始めているんですか!」

 一連のやり取りを見ていた鈴原が、我慢し切れず香助の話に割り込んだ。

「うわっ! 俺に怒るのかよ。ボケたのは歩なんだから歩にも怒れよ……」

 香助に言われて鈴原は歩の方を見て歩と目が合う。

「瀬川さんも……」

 何かを言い掛けたが、歩と視線が重なり、瞳を見つめ合うと、鈴原はすぐに頬を赤らめて目をそらし、言葉をにごす。

「「むっ」」

 そんな鈴原の様子を見て、珠姫と銀子が何かに気付いたように同時に呟く。

「銀子、ターゲット分析開始」

「了解……。分析を開始します」

「何ですかいきなり……」

 珠姫の合図と共に銀子の眼鏡が輝き、銀子が何やらぶつぶつ言い始めた。まるで、主人の命令に従うアンドロイドのようである。

「――測定終了。ターゲットの外見は歩の好みから外れており、恋愛指数は著しく低い。よって、恋愛に発展する可能性は低いと推定。しかし、ターゲットは既に歩をロックオンしており、危険度はA+ランクと判断。このままでは歩に危害が及ぶため、早急に焼き払う必要あり」

「ご苦労」

 銀子の機械的な口調による測定結果報告の後、珠姫が労をねぎらう。

「だから何を言っているんですか……」

 鈴原には二人のやり取りの意味が理解できなかったが、他の三人は理解していた。

 歩は気弱そうな外見にもかからず、端正な顔立ちに、母性本能をくすぐる笑顔が備わっており、清海高校一のイケメンである桂には劣るが、女子にかなり人気がある。歩と仲良くなろうとして近づいてくる女子は高校でもかなり多い。

 そこで、珠姫と銀子は歩に近づいてくる女子を分析し、歩と不必要に仲良くならないように日々チェックしているのである。

 彼女らの行動により歩と仲良くなることを断念した女子は数多い。恋愛指数とは歩と恋に落ちる可能性の高さを示しており、分析対象の外見、口調、性格が歩の好みに近ければ近いほど指数も上昇する。

 歩の好みのタイプは、珠姫と銀子により歩が留守の間に一人暮らしの部屋に勝手に上がりこんで部屋の中を漁り、好みの漫画・小説、あまつさえベッド下のエッチな本を詳細に分析することにより、既に解析されている。

 ちなみに、エッチな本は全て捨てられ、代わりに二人のセクシーショットの写真がベッド下に大量に敷き詰められているのを発見した時、歩としてはどうしたらいいかわからず、そのままベッド下を封印したらしい。

「雑談はこのくらいにして、事件の話をしようか。僕から事件の概要を説明するよ。といっても、僕もさっき鈴原さんから聞いたばかりだけどね」

 このままでは事件の話が続かないので、歩は強引に事件の経緯を説明することにした。

 歩は、自分と鈴原が議論したところは一部省略し、事件概要、捜査内容だけを簡潔に説明した。

 これは三人に自由な議論をしてもらうためである。ゆえに、歩と鈴原と重複した推理を三人が行う可能性があるが、その点はご了承していただきたい。事件の推理に先入観のない議論は必要不可欠である。

「――なるほど、実に奇妙な事件だな」

 一通り事件の説明を聞くと桂は感想を漏らした。

「将棋の駒が被害者の口に大量に詰め込まれていたとか、かなり異常な光景だな……」

 香助も桂と同様、この事件の異常さに驚いている。

 一方、真剣に歩の説明を聞いていた二人と違って、銀子は珠姫と携帯ゲーム機で通信対戦をしていた。二人がプレイしているソフトは「ラブ対戦」という女子用の恋愛ゲームだ。

 「ラブ大戦」とは、プレイヤーの分身である主人公の女性キャラと、ゲームに登場する男性キャラが恋愛するアドベンチャーゲーム、いわゆる乙女ゲーである。また、タイプの異なる男性キャラが複数登場するが、「ラブ対戦」では現実の世界で撮影した相手の顔をキャラに張り付けることができるという特徴がある。

 二人ともソフトの発売と同時に歩の顔を撮影して、お気に入りの男性キャラに貼りつけて遊んでいる。お気に入りといっても顔は歩の写真を貼り付けているので、性格や趣味でお気に入りか判断しているらしい。以前、二人のプレイ画面を歩が見せてもらったら、本当に自分の顔が登場キャラの顔と取り替えられていて、登場キャラの一人みたいになっていた。

 さらに、このゲームの特徴は恋人になったキャラを自分好みの性格やファッションセンスの持ち主に育てられることも特徴である。二人とも自分好みの男性(顔は歩だが)と恋愛が楽しめるこのソフトをかなり気に入っている。

 これだけではなく、「ラブ対戦」は恋愛相手の男性キャラの名前を変えられることもアピールポイントの一つであり、二人とも歩の写真を貼り付けたキャラの名前を「瀬川歩」に変えて遊んでいるので、歩としては何とも複雑な心境だ。

 おまけに、このゲームは恋愛ゲームとしては画期的なことだが、――なんと通信対戦ができる。通信対戦は「どちらが恋人により深く愛されているか」を競い合うという、対戦内容が全く想像できないものになっている。

 「私のほうが愛されているわ!」「いえ、私への愛のほうが深いわ!」「あなた達の愛は偽物よ!」「あなたは彼のことを何一つ理解していない!」と言いながら、この二人が通信対戦している様子は、ありとあらゆる女性と付き合ってきた桂でさえ、「こいつは狂気の沙汰だぜ……」と思わず呟き、背筋を凍らせる程に恐ろしい光景だったそうだ。

 ともかく珠姫と銀子の二人は事件の内容もどこ吹く風、ゲームに夢中になって通信対戦をして遊んでいた。

「お前ら少し話し聞けよ……」

 普段はボケ役の香助がつっこむのも無理はない。鈴原の相談に対して、女性陣のやる気が全然感じられなかった。

「ほらほら、たまちゃんはともかく、銀子はもうちょっとしたら映画に行っちゃうわけだし、それまで意見聞かせてよ」

「わかった。歩が言うならそうする」

 歩がそう言うと、銀子は携帯ゲーム機を鞄にしまい、事件のことを話し始めた。画面には、繁華街で軍服姿の歩とデートしている場面が映っていた。こういうのが趣味なのだろうか。

 ようやく、後から来た三人を中心に事件の推理が開始された。

「第一の問題はどうやって犯人は被害者に毒を飲ませたのかだな」

 桂が議論を円滑に行うため、司会役を引き受け、問題提起を行う。将棋探究部で何かを話し合う時は、だいたい珠姫が司会を引き受けるが、不在の時は冷静かつ視野の広い桂が司会をすることが多い。

「そんなもん簡単だろ。昼に死んだんだから、犯人が毒入り弁当でも作って渡したんじゃないのか?」

「ふむ、普通ならそれもあっただろうな。だが思い出してくれ、香助。被害者である川本さんの胃の中からは、当日の朝に食べたトーストとサラダ以外は発見されなかったそうだ。だよな、鈴原さん」

「ええ。正確には、将棋の駒も見つかりましたが」

「胃の中の将棋の駒か……、俺の動物的直感がこれが怪しいと叫んでいるぜ」

「どう怪しいの、香助?」

「直感だからわからん」

「何だそりゃ……」

 香助は直感的に被害者の胃の中から見つかった将棋の駒に何かを嗅ぎとったらしい。ただ、それを上手く説明することはできないようだ。

「まあ、将棋の駒はいいや。他にはほんとに何もなかったのか? 昼飯に食べそうな弁当の食材とか、米とかプロテインとかはなかったのか?」

「昼にプロテインはお前しか食べないだろ……」

「ええ、警察の人も不審に思っていました。いったい犯人はどうやって被害者に毒を飲ませたのだろうかって」

「どうやら第一の問題はそこだな。銀子、どう思う?」

「うーん、何もお弁当とかじゃなくて、その日はバレンタインデーだからチョコレートに毒を混ぜて食べさせたんじゃないかしら。それならチョコレートは溶けて胃の中には何も残らないかもしれない」

「警察もその可能性は検討したんですけど、否定したみたいです」

「どうして?」

「何でも被害者の口や、食道、胃の中からチョコレートが発見されなかったみたいです。いくらチョコレートが溶けるとはいえ、一度口に入ればその痕跡は解剖すれば、すぐにわかるらしいです。特にチョコレートを食べて死ねば、歯にチョコレートがくっ付くそうです。口の中にチョコレートの跡がないのはおかしいと」

「つまり、今回は被害者がチョコレートを口にした痕跡は発見されなかったわけだな?」

「そうみたいです」

「なにぃ! じゃあ犯人はチョコレートに毒を混ぜて食べさせたわけじゃないってことか!」

「そういうことになるわね。じゃあジュースにでも混ぜて飲ませたのかしら」

「でもそれだったら死んだ瞬間に、ペットボトルなりコップなり落とすんじゃねえか」

 香助の意見に桂も同意する。

「俺もそう思うな。毒殺をテーマにしたドラマや映画でも被害者が毒殺された瞬間は持っていた飲み物を落としているのが一般的だ。鈴原さん、話を聞く限りでは、今回の現場にはそんなものはなかったんだよな?」

「ええ、飲み物は近くに落ちていなかったそうです。もっとも、犯人が回収した可能性は否定できませんが、解剖の結果、被害者の川本さんが飲み物を口にした痕跡も発見されなかったそうです」

 鈴原の指摘に桂も頭を悩ませる。

「しかし、それでは犯人はどうやって毒を飲ませたんだろうな」

「固形物に入れるのも無理、飲料水に入れるのも無理。それなら毒を直接被害者に飲ませるしかないわ。でもそんなことできるはずない」

「そうだな。被害者の体内から睡眠薬とか薬物も検出されなかったんだろ?」

「その通りです。警察は薬物が使用された痕跡がないことから、被害者は自分から毒物を口にしたに違いないと思っているらしいです」

 新しく出てきた情報に歩も口を挟む。

「被害者の体内から睡眠薬が検出されなかったことは新しい情報だね。その調子でよろしく、三人とも。こうやって三人が意見を言い合い、推理に必要な情報をかき集めてくれると、その間は推理に集中できて助かるよ」

「任せとけって」

 桂が力強く頷いた。

「犯人は被害者が毒物自体を口に入れる状況を作り出したわけか」

「わかんねえな。まあいい、わかんないことは置いといて、次の謎にいこうぜ」

 香助の言う通り、答えのでない論点は一旦置いといて、次の論点に移ることが事件を推理する上で重要である。後の論点が前の論点を解くヒントになる可能性があるからだ。

「そうだな。時間も限られているし、テンポよく進めよう」

 既に時刻は午後2時15分となっていた。午後3時から始まる映画を観るためには、午後2時30分に出なければならない。桂と香助と銀子に残された時間はあと15分程度しかなかった。

「次はどうして被害者の口の中に将棋の駒が詰め込まれ、さらに口内に液体の青酸カリが流し込まれたのかだな。もちろん、この二つの行動は被害者が死んだ後に行われていたことになるが」

「こればっかりは全くわからないわね。将棋の駒を使うなんて何かのメッセージかしら」

「その可能性はあるな。犯人は将棋の駒を使うことによって、何かを伝えたかったのかもしれない」

「でもよ、その場合、いったい何を伝えるんだ? 将棋の駒だけ見ても、何も伝わらねえよ。せめてメッセージカードでも置いとけよな」

「香助の言うことも一理あるわね。メッセージを伝えたいなら、手紙なりもっと他に手段があったはず。それに高校で起きた殺人事件にメッセージ性があるとは思えないわね」

「同感だ。つまり、将棋の駒は何らかのメッセージを伝える目的で被害者の口内に詰め込まれたわけではないということだな」

「そういうことになるわね」

「単に遊び心で詰め込んだんじゃねえか、もしくは捜査を撹乱するためとか」

「確かにそれ自体には何の意味もないという可能性はあるな。だが犯人にはどうしてもそれをすること必要だったという視点も重要だ」

 桂は、結論を急がずに、様々な可能性を検討しようとする。

「つまり、犯人は必要に迫られて被害者の口に将棋の駒を詰め込み、その後、青酸カリを流し込んだっていうことね」

「この問題も結論が出ねえなあ。時間もないし、次にいこうぜ」

 こうして、論点はヘアピンに移る。

「そうだな。次は、今野さんが警察に渡した前田さんのヘアピンをどう受け取るかだな」

「素直に考えれば、前田さんが被害者を殺害したときに落としたと思うわ」

「でもよ、その日に落としたかどうかなんて、わかんないだろ」

「思い出して、香助。さっき鈴原さんの説明では、殺人事件があった日の前日に将棋部の部室の大掃除が行われたらしいわ」

「それがどうしたんだ?」

「もし、前田さんが前日以前に部室にヘアピンを落としていれば、その大掃除で発見されたってことよ。しかも、今野さんはそのヘアピンを被害者の死体近くの床から拾ったわけでしょ。大掃除で床に落ちてる茶色のヘアピンを見逃す可能性は低いと思うわ」

「そう言われるとそうだな。でも、前田が大掃除の終わった後に部室に行った可能性もあるんじゃねえか。ほら、被害者の川本と内緒で会うためとか」

「その可能性はあるな」

 しかし、鈴原は香助の意見を否定する。

「その可能性もないと思いますよ。何でも前日に将棋部の部室の掃除が終わった後、校門で川本君と前田さんは待ち合わせて一緒に帰ったところを見ていた部員がいたらしいです。それに部室の鍵は部員の一人が大掃除の終了後に、職員室に返してから誰も取りに来てないとのことなので、前日の大掃除の後で部室に前田さんが入った可能性はないみたいです」

「そうか、なら犯行のあった当日にヘアピンを落としたと考えたほうがいいな」

 香助は鈴原さんの指摘を受け、すぐに意見を訂正する。猪突猛進型に見えて、自分の意見に固執しないことは香助の長所の一つである。

「そうなると、川本君が死ぬ前か、死んだ後か、どちらの時に落としたかがポイントね」

「川本を殺す前に落としたなのなら、前田もさすがに気付くだろ。川本が死んだ後で部室を出るときにうっかり落としたってことか?」

「その可能性は高い。もっとも、犯人が前田さんだと断定するのは少し早いがな」

「どういうこと?」

「つまり、犯人は川本を殺した後、前田さんに罪を被せようと思って意図的に前田さんのヘアピンを落としたって場合もありえるってことさ」

「確かにその可能性はあるな。前田は犯人にはめられたってことか」

 桂の意見に香助も同意する。

「ちょっと待って。犯人は前田さんのヘアピンをいったいどこから入手したのよ。もしヘアピンを盗まれたら、さすがに自分の髪にヘアピンがないことに気付くんじゃない? 私だったら絶対気付くけど」

 そう言って銀子は自分の前髪を留めているヘアピンを外した。銀子は一本のヘアピンで前髪を寄せており、ヘアピンを外すと、当然ヘアピンで留めていた髪がほどけ、無造作に放り出され、目に掛かる。

 この状態になれば、ヘアピンが外れていることに気付かないわけがない。

「ねっ?」

「そうだな。じゃあ犯人がヘアピンを前田からこっそり盗むのは無理ってことか」

 しかし、桂は別の可能性を指摘する。

「そう言えば、前田さんが付けていたヘアピンは一本だったのか? 何本も付けているんだったら、一本くらい外れても気付かない可能性もあるんじゃないのか」

「確かにそれはあるかも。女の子でも何本も前髪や襟足につけて髪の毛をまとめている子もいるし。私は一本しか使ってないけど十本ぐらい使ってる子なら、正確に自分が何本使っているかも認識してないと思うわ」

「つまり、一本ぐらいなくなっても気付かない場合があるってことか」

「鈴原さん、実際前田さんはどういう髪型をしていたんだ?」

 桂が鈴原に前田の髪型を確認する。

「えっと、正確に何本使っているかは知りませんが、事件のことを聞いた友達の話だといわゆる、おだんごヘアだったそうです」

「おだんごヘア? 髪に串でも刺さってんのか? 想像するだけで腹が減るぜ……」

「そんなおいしそうな髪型ではないよ香助……」

 三人の推理を見守っていた歩が思わずつっこむ。

「香助、おだんごヘアっていうのは束ねた髪をサイドや後頭部でまとめた髪型のことよ」

「だとすると、何本もヘアピンを付けている可能性があるな」

「何でだ? まとめるならゴムで一発じゃねえか」

「わかってないな香助。おだんごヘアってのは、ボリューム感のある、ふわふわした綺麗な髪型を維持するために何本もヘアピンを使っているもんだぜ」

「そうなのか?」

「ああ。ちなみに俺が前付き合っていた子はおだんごヘアの髪を留めるのに六本ぐらいヘアピンを使っていたぜ」

 桂は清海高校では「付き合いたい男ナンバーワン」に選ばれるほど、かっこ良く、さらに人当たりもいい。女子を口説くスキルなら、間違いなく清海高校で一番だろう。実際、常に複数の彼女をキープしている。その桂が言うなら、女子の髪型についても説得力がある。

「そんなら、1本ぐらいなくなっても、わかんねえかもな」

「そうね。それに、もしヘアピンがなくなったときのために、前田さんが予備のヘアピンを何本か持っていた可能性もあるわ。その場合は前田さんがいないときに鞄からヘアピンを盗めるわね」

「なるほどな。つまり、犯人があらかじめ前田さんのヘアピンを盗み、現場に落とすことは可能だったってことか」

「てことは、犯人が前田を罠にはめるために落としたヘアピンを、今野が回収したことから、犯人は消去法で川本の浮気相手だった山中になるってことか?」

「その可能性はあると思うわ。もしその場合、山中さんは焦ったでしょうね。現場に落としたはずのヘアピンがいつの間にか消えているんだから」

「そうだな、まさか今野さんが隠すとは思いもよらなかっただろう」

「しかし、今野が自分の男を取った前田をかばうために、現場に落ちていたヘアピンを隠したことは俺にとって理解できないぜ」

 愛する男を取った女をかばう、今野の心情を全く理解することができない、と香助が言う。

「俺には多少だが理解できる。俺と歩が仮に喧嘩中だったとしよう。しかし、もしある殺人事件の犯人が歩で、俺が現場に歩の持ち物、例えば歩のパンツを現場で発見したら、たとえ喧嘩中でも隠すと思うな」

「ちょっと待って! うっかり現場にパンツを落とす犯人がどこにいるのさ……。もっとましな例え話をしてよ!」

 歩のつっこみにもかかわらず、香助が桂に続く。

「まあいいじゃねえか。俺なら桂や銀子でもそうするぜ。部長は別だけど」

「私もかばいなさいよ!」

 歩と同様、静観していた珠姫が香助の発言に声を荒げてつっこむ。

「川本を中心に複雑な関係にあったとはいえ、今野さんは心の中では前田さんのことを友達だと思っていたんだろうな」

 桂はしみじみと呟く。

「今野さんが前田さんのヘアピンを隠した理由に関してはそう考えるのが普通ね」

「もっとも、今野さんが警察に提出したヘアピンが、本当に犯行時に落とされたものだったらという話しだがな」

 桂が、ヘアピンに関して、新たな視点を提示しようとする。

「それって当日に川本君を毒殺する前に落としたって可能性のこと?」

「もう一つ可能性はあるぜ。それは――」

 そう桂が言い掛けたところで、時間は午後2時30分を過ぎていた。時間切れのようだ。

「おっと、もうこんな時間か、議論はここまでにするとしよう。香助、銀子。少し名残惜しいが、そろそろ行くとするか」

「そうね、途中で残念だけど。取り敢えず、今までの議論の内容をまとめましょうか」

「歩、部長。ここからはお前らが考えるんだから、しっかり聞いとけよ」

「ありがとう、三人とも」

「お疲れさま。あなたたちの働き、決して無駄にしないわ。あと香助さりげなくタメ口を使うのはやめなさい」

「ちっ、うるせえな……」

 桂達は今までの議論をまとめ、一つ一つポイントを話していった。

「まずは一つ目、犯人はどのようにして被害者に毒を飲ませたのか」

「被害者の胃の中からは固形物の痕跡も飲料水の痕跡も見つからなかった。つまり、犯人は何らかの方法で被害者に直接毒を飲ませた可能性が高いわね」

「被害者の胃の中で発見された将棋の駒が俺としては気になるぜ……」

「次に二つ目だ。被害者の死後に犯人がとった行動はどういう意味があったのか」

「つまり、『被害者の口の中に将棋の駒を詰め込むこと』、『死後に青酸カリを口の中に流し込んだこと』ね」

「この謎が解ければ一気に事件は解決するかもしれねえな」

「三つ目は、前田さんのヘアピンはいつ誰が落としたのか、だな」

「前田が被害者を殺害したときにうっかり落としたのか、その場合は被害者を殺害する前に落としたのか、後に落としたのか。それとも犯人が前田に罪を被せるために、意図的に前田のヘアピンを現場に残したのか。どれだろうな」

「これは別の可能性も検討した方がいいわね」

「とまあこんなもんか。歩、大丈夫か?」

 一通りまとめた後で、桂が歩の様子を伺う。

「うん、ありがとう。事件の謎が解けたら、後で連絡するよ」

「頼んだわよ、歩。あとついでに部長もね」

「なんで私がついでなのよ……」

「お前、今回全くやる気ないだろ。俺達の話もどこか上の空だったし」

「ふん、今回の事件はおもしろくないのよ」

 珠姫が鼻を鳴らしながら、不満を言った時点で、映画の開始時刻が迫ってきたため、桂、香助、銀子の三人は「ペナント」を退出し、映画館に向かった。

第6話「クラスの友達」に続く


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本サイトの管理人。普段は人材会社でWebマーケターとして勤務。本サイトは私が趣味で書いている小説を掲載したものです。