無敵囲い事件第3話「バレンタインデーの事件」

 事件は今から日前の2月14日、バレンタインデーの日にとある高校で起こった。その高校をここではX高校と呼ぶことにしよう。

 事件が起きた高校の場所は不明であるが、現場、つまりX高校のどの場所で起きたか、殺害手段、殺害時刻等、高校の所在地以外の事柄ははっきりしていた。

 その日のX高校はバレンタインデーを迎え、生徒達はどこか浮き足立っていた。しかし、事件発覚と同時に校内に戦慄が走る。

 事件発覚の契機は、放課後、将棋部の部室で同校の生徒の死体が発見されたことだった。

 第一発見者は将棋部の部員3名。発見時刻は午後4時30分。X高校は6時間目まで授業があり、6時間目は午後4時に終了する。そこからホームルームを経て、生徒は部活動に行ったり帰宅したりする。将棋部の生徒は授業が終了した後、放課後に部室に行った際、死体を発見したそうだ。

 三人の部員はいつものように部室のドアを開けて中に入った。そこで、仰向けになって死んでいる生徒を発見したのである。最初は悪ふざけと思い、笑いながら傍に駆け寄ったが、すぐにその生徒の異状に気付いたのである。近寄ってみると、その生徒が死んでいることは明らかだった。

 倒れている生徒を発見してすぐに部員の一人が職員室へ教師を呼びに行った。こうして、数人の教師が部室に駆けつけ、生徒の死亡を確認し、警察に通報したのである。

 もちろん、校内で人が死んでいることを学校としては表沙汰にしたくはないやめ、発見した3名には死体を発見したことを口外しないように厳重に言い渡し、迅速かつ秘密裏に警察へ通報を行い、捜査を要請した。

 死体となり、発見された人物の名前は川本浩二(仮の名、以下登場人物の名前は全て仮の名)。X高校の三年生であり、死体が発見された将棋部の部長であった。

 高校内部で起きた事件であり、不審者が目撃されていないことから犯人が内部の人間であることは疑いようもなかった。死体発見から1時間後、死体の状況から殺人であることが明白であったため、すぐに警察の捜査が開始された。

 殺人事件と判断され、警察の捜査が始まり、事件を隠すことができなくなった以上、校長は放課後残っていた生徒を集め、緊急集会を開き、生徒に箝口令を敷いた。さらに警察もマスコミに情報規制を行ったため、事件から一週間経った現在でも事件は報道されていなかった。

 警察はまず、死体の発見された異常な状況に目を見張った。将棋部の部室は鍵が空いており、その中に川本浩二の死体が仰向けに倒れていた。それだけならまだ普通の殺人事件だったかもしれない。しかし、何よりも異常だったのは、殺された生徒の口の中に将棋の駒が大量に詰め込まれていたことだった……。

「ってこわ!」

 歩は死体の異常な状況にかなり興味を引かれたが、それと同時に恐怖も感じていた。

「ホラー映画みたいですよね……。だから生徒の間でも話題になっちゃって。校長が緊急集会で箝口令を敷いたのに、事件のことはすぐに高校中に広まったそうですよ。マスコミではまだ報道されていないそうですけど、もう高校中の誰もが事件のことを知ってて、それでみんな恐がっているんですよ」

「学校で死体が発見されただけでもトラウマになりそうなぐらい恐ろしいことだからね。たまちゃんはどう思う?」

 歩が珠姫の方を見ると珠姫は一心不乱に牛丼を頬張っているところだった。ガツガツ牛丼を口の中にかきこんでいる。しかも、ヘッドフォンを装着し、左手でゲーム機を操作し、右手のお箸で牛丼を食べながら、右足を伸ばして右斜め前に座る鈴原を断続的に蹴っているから恐ろしい。

 そういえば、事件の説明をしている最中に鈴原さんが時折、「いたっ!」って言っていたのはこのせいだったのか。

 さすがたまちゃん。人をいじめる技術は天下一品だ。歩は珠姫のどこまでも鈴原をいじめる姿勢にちょっぴり感動したが、「っていい加減に蹴るのはやめてください!」と叫んだように、蹴られている側として鈴原はたまったものではない。

 珠姫はヘッドフォンを外さなかったが、足の動きが大人しくなったことから一応聞こえてはいるようだ。

「もう、さっきからいったい何なんですか……」

「ごめんね。まっ取り敢えず続きをお願い。確か警察の捜査からだったよね」

「はい、ここからが事件のポイントなんでよく聞いてくださいね」

 鈴原は事件の続きを話し始めた。

 川本浩二の死体は警察の検視が終わった後、他殺の疑いが濃厚だったので、すぐに解剖に回された。

 検視官によると、殺害現場の死体の様子からは毒殺の可能性が濃厚とのことであった。

 また、発見された死体の口に将棋の駒が詰め込まれていたことから、誰かがその死亡に関与していることは明らかである。

 そして解剖の結果は、誰もが予想した通り毒殺だった。使用された薬物は青酸カリであることが判明した。これで突発的な心臓発作などの病気ではなく、殺人事件であることが明確になった。

 さらに解剖の結果、死亡推定時刻は午前11時から午後1時の間ということがわかった。しかし、X高校では、午前12時までは授業があり、当然川本浩二も授業に出席していた。そこで、死亡推定時刻は昼休み、つまり、正午から午後1時までの間だと警察は判断した。

 警察は動機の聞き込みを中心に捜査を開始し、すぐに容疑者を3名に絞った。3名ともこの高校の生徒だった。

 一人目は殺害された川本の彼女である前田佑香(高校三年)だった。このカップルが破局の危機にあったことが、聞き込みの結果すぐに判明した。川本は前田に別れてほしいと前々から打ち明けていたが、前田が別れたくないと頑なに拒否していたために、川本は困って親しい友人に相談していたらしい。つまり、前田には恋人関係のもつれから殺人を行った可能性がある。

 二人目は山中優子(高校一年)という女生徒。山中が疑われたのは川本の次の彼女として最有力候補だったからである。というのも、川本が山中と二人きりで遊んでいる姿が同級生に度々目撃されており、前田から山中に、川本の心が移ったことは一目瞭然だった。前田に別れを告げることになった原因も彼女と付き合うためだろう。警察は山中が前田となかなか別れてくれない川本に不満を抱き、それが殺意に発展して殺した可能性があると思っていたそうだ。といっても、山中は他の二人とは違い、動機が薄いため、警察はそれほど重要視していなかった。

 三人目は今野彩音(高校三年)。彼女は昔、川本と付き合っていた。また、川本が所属する将棋部の部長の一人でもあった。将棋部には男子の部長と女子の部長がそれぞれ一人ずつおり、男子の部長が川本、女子の部長が今野だった。川本と今野は高校一年の時に将棋部に入部して知り合い、すぐに付き合うことになった。しかし、交際は一年足らずで破局した。その原因は容疑者の一人である前田のことを川本が好きになったことだったという。決して円満な別れ方とは言えず、度々今野が川本へ恨みをこぼしていたことが将棋部の部員に対する聞き込みで発覚した。また、今野は第一発見者の一人でもあった。

 さらに、前田と今野は一年生の時からずっと同じクラスであり、一年生の最初の頃は仲が良かったが、川本が前田と付き合い始めてからは険悪な関係になっているということまで、警察は掴んでいた。

 彼女達三人は正午から午後1時、つまり昼休みの間に10分以上席を外しており、将棋部の部室で被害者を毒殺するには充分な時間だったことから、三人ともアリバイが疑わしいと、警察は判断したそうだ。

 目下のところ、殺害の動機があること、犯行時刻にアリバイがなく殺害が可能であること、この二点から彼女たちが有力の容疑者であった。

「つまり、殺害された川本浩二の、過去、現在、未来の彼女達が容疑者候補として浮かんだわけだね」

「過去、現在、未来の彼女ですか。巧みな言い回しですね。特に、死んだ川本さんは昔付き合っていた今野さんや今の彼女の前田さんとは、かなりどろどろの関係だったそうですよ」

 鈴原の言う、どろどろの関係というのがどういうものか、歩にはイメージできないが、愛情と憎悪が入り混じった関係ということだろう。高校生が高校生を殺す動機としては恋愛関係のもつれは一般的である。この点は大人の場合でも同じではあるが。

 殺された川本が学生であり、かつ殺人は校内で起きているため、金銭トラブルが原因だったり、無差別殺人・通り魔殺人だったりするとは考えにくい。そう歩が考えていると、

「ちなみに歩が彼女を作ったら、その彼女は私が殺すけどね」

「さらっと恐い発言しないでよ、たまちゃん……」

 珠姫の本気とも受け取れる発言に何故か鈴原も凍り付いている。女性としてもさぞかし恐怖を感じる発言だったのだろう。

「まっ、銀子は別だけどね。歩が銀子と付き合うのなら私は認めてあげる。でもそれ以外の女はだめよ」

「はいっ……」

 良かった、銀子だけは大丈夫なようだ。といっても、僕が銀子と付き合うかはわからないけど、と歩は心の中で呟いた。

 事件とは関係ないが、歩は今二人の人間から好意を寄せられている。

 一人は同じ将棋探究部の部員である中村銀子。学年もクラスも同じであり、入学してすぐに銀子の方から歩に話し掛け仲良くなった。

 後で判明したことだが、銀子の父親は記者をやっており、奨励会時代の歩を取材したことがあり、歩と中村家は何かと縁が深かったようだ。

 銀子自身はそのことを全く知らずに歩と友達になったのだから人というのはどこでつながっているのかわからないものである。

 銀子は歩に一目惚れしたらしく、出会って三ヶ月で歩に告白した。本人曰く、一目見てビビっときたそうだ。その後もことあるごとに歩のことを好きだと公言している。

 ちなみに告白された当の歩は「待ってほしい」という中途半端な返事しかできなかった。ふがいない歩のことを今でも支えてくれる銀子は歩にとって大切な女性である。

 もう一人は歩の隣にいる将棋探究部の部長の葉月珠姫である。

 これまでの彼女の発言を聞けばわかる通り、彼女も歩に好意を抱いている。歩が四歳、珠姫が五歳からの付き合いであり、いわゆる幼馴染である。

 二人は小学校も同じで、当時は住んでいた家も近かった。

 歩が小学六年生の時に引っ越し、しばらく疎遠になっていたが、高校に進学し、再会した。歩が小学校時代に住んでいた三田町に戻り、一人暮らしを始めたのである。

 高校で再会して以来、珠姫は何かと歩の面倒をみていた。将棋探究部という胡散臭い部活が認められたのも珠姫が生徒会長として尽力してくれたからである。

 また、珠姫と歩は小さい頃から将棋を始め、歩だけでなく、珠姫も奨励会に所属していた。

 二人とも、とある事情があって、歩が小学六年生、珠姫が中学一年生の時に奨励会を辞めたが、当時は天才棋士ということで、二人ともかなりマスコミに取材されていた。銀子の父親と知り合ったのもその当時である。

 歩にとってありがたいことは、事件で出てきた川本を巡って不仲になった前田と今野と異なり、この二人が決して険悪な関係にはないことである。

 二人とも仲が良く、連れ立って買い物や映画に行くことも少なくない。どうやらお互いを認め合い、「この女だったら歩をとられてもいい」と思っているらしい。

 歩がどっちを好きかと言えば、二人とも好きだから困っているのである。男として情けない話だが、二人とも女性として好きなために、どちらかに決めることが未だにできないでいる。

 そんな優柔不断な歩のことを二人とも優しく見守っており、歩はこの二人に頭が上がらなかった。

 話題は少し逸れたが、そんな彼らとは全く異なる関係の三人が事件に深く関わっているらしい。

「えっと、じゃあ容疑者の女生徒のことはわかったけど、次に殺害方法について話してもらっていいかな。ネットで警察官の子供の人から聞いたんだよね。実際の捜査内容についても聞いてる?」

「バッチリです!」

 バッチリなのもどうかと思うが……。娘に捜査内容を教えるとか、警察官としては駄目だろう。

「それじゃあ、お願いするね」

 次に、殺害方法について、鈴原は話し始めた。

第4話「口の中の将棋の駒」に続く


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本サイトの管理人。普段は人材会社でWebマーケターとして勤務。本サイトは私が趣味で書いている小説を掲載したものです。